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15年前に古賀稔彦さんに会った・訃報を聞いて

2021.03.24(18:43) 6287

広島ブログ

正午のニュースをつけたら、古賀稔彦さんの訃報が届いた。
53歳の早過ぎる死には驚きを隠せなかった。

古賀さんのことについては、私はかつて2度ほどブログ記事を書いたことがある。
写真も撮らせてもらったので、一層身近な感じだったのだ。

その時の過去記事をそのまま載せてみる。もう15年以上も前のことではある。
私のブログ書庫「人、講演会、催し物」の227記事の中からやっと見つけたもの。

柔道の古賀稔彦さんに会った!!  2006.11.12

●柔道家・古賀稔彦さんの講演会に行った。

講演中はカメラ撮影禁止だったので、終了して退席する瞬間を写そうと思ったが、
チャンスがなく上手く撮れない。
仕方なく諦めて帰っていると、エレベーターを上がりきったところで、
握手攻めにあっているところに出くわした。

「古賀さん!」と声をかけたら、こっちを向いてカメラに向かってポーズをとってくれたのだ。

古賀さん

しっかりしたいい写真が撮れたので、満足満足。
案外小柄な人だったのは意外だったが、筋肉隆々のスポーツマンらしい体格だった。
それにしても、私はなんとミーハーなのだろうか?我ながら苦笑する始末だ。
でもいい記念になった。

●実は今年(2006年)の6月にブログを始めて間もなくの頃、古賀さんのことを記事に書いたことがある。


http://blogs.yahoo.co.jp/fan123m/9364713.html
人の生き方 = 柔道家 古賀稔彦さん= 2006.06.25

日経新聞 平成18年6月25日(日) 「マイバランス」より
<借金抱え町道場。死ぬ時の満足求め現役復帰も>

<2000年に現役を引退した後、町道場を作ることにした。
一生柔道にかかわりたいという思いからだ。
稽古中に畳の上で死ぬかも知れないが、本望だとの思いであった。
しかし、建築費が想定の1.5倍にも膨れ上がった。一度決めたら突っ走るタイプで、
「働けば何とかなる。」と腹をくくった。

道場の経営では生計は立てられず、講演活動が中心だ。損得勘定をしていたらできないけど、
死ぬ時にやってよかったと思えればそれでいい。
赤字が怖いから節約しなければとか気にする人生はつまらない。

今、現役復帰を考えている。練習に打ち込む集中力や試合の緊張感をまた感じてみたいから。
練習時間がとれないが、来年、実業団大会で優勝すれば北京五輪の一次予選の出場資格が得られる。初めて挑戦したソウル五輪から20年。考えると楽しい。38歳という年齢など感じている暇はない。>

●「38歳という年齢など感じている暇はない」---人生をなんと前向きに歩んでいる人であろうか!
「もう○○歳だから・・・しなければ。」と、人はついステレオタイプに考えがちだけれど、
特に過去の時代はその傾向が強かった。現代はその傾向は比較的薄らいできているものの個人差はある。

私など、今でもこのような考え方を口走っては、顰蹙や反発を買うことも多い。
口では進歩的なことを言っている筈なのに、いざ現実となるとなんと保守的なことかと指摘されることもある。
特に身内のこととなると、理論よりも感情が先行してしまう。<言行一致>を心がけなければ・・・・。


毎日を忙しく送っており「38歳の年齢など気にしている暇もない。」と言っている。
その一途な生き方に興味・関心を持っていた。
柔道家としての経歴にはあまり知識もなかったのに。

●今日は「サバススポーツ栄養学セミナー」で広島にやって来ている。
柔道界では輝かしい数々の記録を残しており、引退後は女子柔道のコーチで活躍している。
現在は、人間育成を目的とした「古賀塾」を開き、子供たちに柔道を教えている。
その忙しい毎日の中で出たのが、上記の言葉なのである。

今日も熱く語ってくれた。
スポーツ選手らしく、きびきびとした動作とものの言い方だった。
はきはきと口調良く、大きな声で元気のいい喋りをする人であった。

●試合前にする気合の入れ方を教えてくれた。
おでこを平手で3回叩き、後頭部も3回、そして両ほっぺたを3回叩くというものだ。
試合前、いつもこうしてやっていたという。

現在は指導者として活躍していることから、選手には上から指導するのではなく、
相手の言い分を聞いていくことから、信頼関係が生まれたという。
柔道は個人競技のため、自分というものが強く、ある意味で我が儘であり、
指導者としてもそのままのやり方では信頼関係ができなかったという。
心の器を広くして、聞き上手にならなければいけないということであった。

今回は栄養学のセミナーだったので、食事の大切さなども話してくれた。
以前のスポーツ界は、まさに気力と根性が主流だったが、
今では栄養などを考えた食事の面で、かなりの研究がなされているということだった。

スポーツをする子供たちへは、何を目指したいのか、そのためには目標を決め、
それを達成すべく課題を決め努力していくことが大切だとも言っていた。

一つの大きなことをなし終えた人ならではの、実感のこもった話が聞けたことは有意義だった。

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美しく歳を重ねるために


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「文章の書き方」公民館講座

2020.01.19(18:48) 6041

18日(土)

午後から隣町の公民館に出かけた。
講座「達人の輪~文芸の達人に学ぶ~」の講師のKさんから誘われたのだ。

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ついでに新聞の「タウンリポーター」の記事にしてほしいとも頼まれた。
声掛けをしてもらったので、せっかくなので参加することにした。

タウンリポーターも久しぶりのことで、前回は昨年7月だ。
ここ1~2年は、取材に出かけようという気力が出なかった。
そうなると、何を見ても魅力あるテーマには見えなくなるのだ。
そろそろ始動しなければいけないなとは思っていた。

講座のテーマも「書くこと」なので、興味がわいた。
書くことに関する話があり、その後、各自で原稿用紙1枚に文章を書き上げる。
参加者の出来上がった文章は、講師がまとめて冊子にして、その後配布される。
バタバタとした中で書き上げたので、じっくりと練り上げた文章にはならなかったが、
出来上がりが楽しみだ。

タウンリポーター記事も、これからまとめなければいけない。

19日(日)

実家行き。父も私も、今年はまだ風邪をひいていない。幸せなことだ。

今年は暖冬のせいもあってか、我が家も夫婦で風邪をひいていない。
ただ、年末年始2週間以上をヨーロッパで過ごした次女は、さすがに疲れもあってか
時差ぼけの上、風邪をひいてしばらく大変だった。

実家ではいつも通りの用事を済ませ、いつもは15時頃に帰るが、1時間早目に実家を出た。
たまには早めに帰り、色々と用事を済ませたかったのだ。
帰りには3つの店に寄ったら、結構時間がかかった。

この日は、「第25回全国都道府県対抗男子駅伝」があった。
広島市の平和公園を正午にスタートして、宮島街道を走り、
宮島口の先で折り返し、平和公園に戻るもの。

ラジオを聞きながら帰ったが、帰りには渋滞に巻き込まれるかと思いきや、
ほぼ終了時間になっており、スムーズに帰れた。

このところ日曜日は、年中実家行きなので、日曜日の催しに出かけることはほぼない。
以前は色々な物に出かけたものだが、出かけないことに今はもう慣れた。


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農業祭反省会

2020.01.12(20:49) 6037

11日(土)

●退職後は宴会に出ることもなく、本当に久しぶりの宴会に参加した。
JAのレディースの会が主催する「農業祭反省会」への参加だ。

11月にあった農業祭ではレディースの会から色々なバザーを行ったが、お餅も販売した。
その餅つきの協力者と、JA職員も招待されたのだ。総勢約30人ほど。

私はレディースのヨガ教室から、餅つきの手伝いに出たことによる参加。
お餅はすべて売り切れて、収益もあったので、その中からの招待だった。

駅前のホテルで、正午からなので夜の飲み会ではなく、ランチのような感じではあったが、
ビールも出た。食事は重箱入りで、お澄まし、茶わん蒸し、コーヒー付き。

10人ずつの円卓が3つ。食事後は、一人一人が前に出てマイクの前で挨拶までした。
まるで結婚式場のような感じだ。JA職員を間に挟み、交流をした。

会の最中には写真も取れないだろうから、開始前に写真を撮った。

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このようなことはなかなかないので、面白い試みだと思った。もう何年も続いていると言う。

●帰宅後、夕方には友達から電話があったので、長電話をした。
平素はメールのやり取りをしているが、電話で話すことはあまりないので、
積もる話をしていたら長くなった。

12日(日)
実家行き。いつも通りで大きな変化はない。


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農業祭で販売するお餅づくりの手伝い

2019.11.16(20:05) 6002

16日(土)

●現在、広島市内各所で行われている農業祭が、我が地区でも日曜日に行われる。
毎年、秋のこの時期にJAなどが主催する農業祭が行われるのだ。
さすがに市内中心部では行われないが、市内でもまだ農業がおこなわれている箇所は多い。

私はJAのヨガに行っているので、かかわりがある。
農業祭では、ヨガは練習風景の写真展示や、コーヒーの飲み物販売を行う。

ヨガだけではなく各レッスングループ共同でお餅の販売をする。
その餅づくりの手伝いに出かけた。

どんなものか興味もあったし、一度は交代で手伝わないといけないのだ。
農業祭当日は日曜日で、私は実家行きの日で当日の参加が出来ない。
せめて事前の手伝いでもできればと思い、出かけたのだ。

手伝いはレディース会なので、女性ばかり25人ほど。
午前9時から午後3時までと何とも長い。
昼食休憩はあったが、それ以外はほとんど立ちっぱなしで作業をした。

作業2日目で、1日目に洗ってざるにあげて準備された餅米を、
この日は、機械で搗き、餅を丸め、冷ましてパック詰めをする。
7個入り250パックなので、その数実に1750個。時間もかかるというものだ。

それでも、1日目の準備も大変だっただろうと思われる。
2日目も機械を何度回しただろう。それらはベテランでないと出来ない。
新入りは、丸めたり、並べたりするのが専門だ。

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7個入り1パックを500円で売る。搗きたて餅を買って帰った。
柔らかいので焼かずに醤油をかけて早速食べたが、さすがに美味しい。
250パックは当日すべて売れるそうだ。

こういった集まりは初めてだし、長らく出かけていなかったが、知り合いもいたし、
作業をしながらあれこれしゃべり楽しく出来た。おしゃべりで色々な情報が得られる。

●立ちっぱなしで膝は大丈夫だろうかと心配だったが、どうにか持ちこたえた。

この1~2年、散歩もしていないし、久しぶりに自転車で出かけたら、膝に痛みが少し出た。
平素は自動車に乗っているので、さほど不自由を感じないが、
自転車に乗ってみると足の筋力がかなり低下していることを知った。

「自動車ばかりに頼っていてはいけないな」と感じた日でもあった。


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イエズス会総長の講演会

2019.08.03(07:00) 5935

<金曜日>
「イエズス会総長・ソーサ神父の講演会」があると娘から誘われ一緒に出掛けた。
うだるような暑い中、エリザベート音大のザビエルホールは満員で立ち見も出ていた。
新聞社やテレビも何社か来て取材していた。


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「アルペ神父ゆかりの地、広島にて」「今日のイエズス会の使命と協働」
「イエズス会は今、何を大切にしているか」
「社会正義」「多文化共生」「環境破壊」「経済と消費からの生活習慣を変える」
「新しい小さな行い」・・話はやや抽象的ではあり、理解が難しい所もあった。
秋に来日するローマ法王の関連でもあるのだろう。

イエズス会関連高校の広島学院の生徒もたくさん参加していて、
しっかりとした意見で質問をしており、感心した。
ソーサ神父は英語で話し、多少は理解できたが全部は無理。通訳に頼るようなことだ。

信者でもないが、ヨガの関係から長く修道院へ通い、宗教的な知識もいくらか身に付けた自分だ。
以前は全く理解できないことも少しは身近な思いがしたものだ。

以前長く通った修道院のヨガの指導者A神父と会場で出会った。
その上、私のすぐ前の席に座ったのが、これまたヨガ仲間だったOさんだったのには驚き。
共にゆっくりと話は出来なかったのだが、神父からはまた修道院へ来るように誘われた。
娘は早速出かける話をしていた。


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  2. 「文章の書き方」公民館講座(01/19)
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