ドイツ滞在記・その後
現地からの滞在記は終了したのに、まだ書き残したことがあったので書いてみます。
5月30日(月)
明日はもう帰国日なので最後に地元へ買い物に行ったり、アイス屋さんへ出かけたりした。
本屋さんものぞいてみた。文房具屋さんも隣にあり、カード類が多い。
プレゼントやそれにつける手紙が習慣化している国なので、レターセットが多いのに驚く。
何度も通ったアイス屋さん。いつものアイスと違う「スパゲッティアイス」を頼んだ。
形は変わっているが、味は普通のものだったが。
ドイツ語の話せない片言英語のお客として私は店員さんにも覚えられた感じだ。
ちょうど下校時刻だったので、小学生がたくさん帰っていた。
その夜、娘夫婦からお土産を貰った。
手紙と写真、チョコなどだ。それにクノールのソースやドレッシング、バーべキューソース・・・そしてドイツの掃除用雑巾まで貰ったのだ。これでしっかりと掃除をしたらという気持ちらしい。これにはビックリ。
バーベキューソースは私が気に入ったのでもらったのだが、実はこれは空港で没収されてしまった。
スーツケースを詰めて重さを計ったら25キロもある。5キロもオーバーだ。
その時、お土産関係だけを手荷物に移したのだ。液体は駄目なのをうっかり忘れていた。
化粧品などはかなり意識していたのに、このソースは本当にうっかりした。まことに残念。
5月31日(火)
いよいよ出発の日。とはいえ若夫婦はいつものように朝はゆっくりとして、やはりブランチになった。
最後のブランチをテラスでゆったりと時間をかけて食べた。
パンはもちろん焼き立てをパン屋さんで買ってきた。クロワッサンが美味しいこと。
スイカを食べた。ハムも種類が多くて美味しい。
午後は2時には家を出発した。フランクフルト空港までは200キロくらい。
2時間近くかかるので、赤ん坊は疲れてもいけないので留守番をしたらと言ったが、
母子は車に乗って一緒に来た。家にいてぐずるよりは車好きみたいなので連れてきたのだ。
16時には空港に着いて、早速チェックイン。
19時発なので窓口は2時間前しか開いていないはずなのだが、開いていた。
航空会社の広島支店へ夫が連絡を取ったのを、窓口の人はちゃんと聞いてくれていた。
膝の良くない者にとって狭い席は苦痛なので、広い席に換えてもらうためだ。
非常口の近くの席が一番良い席だが、英語と韓国語が話せないと駄目だというので諦めたが、
それ以外の良い席を準備してくれた。
早目の空港到着で時間があったので、空港内でカフェに入りコーヒーとケーキにした。
ここは結構知られたお店だそうだが、ケーキは随分甘かったのにはややビックリだ。
19時発が機体整備のために1時間近く遅れた。
いつまでも一緒にいても長くなっては赤ん坊もかわいそうなので、お別れをする事にした。
いよいよお別れ。涙が出そうになったが、ぐっと我慢した。3人で何時までも見送ってくれていた。
搭乗券に書いてあるゲートナンバーで待っていたら、いつの間にか人がいなくなっている。
あまりにおかしいので付近を見ると、掲示物がありゲートが変わっている。
ドイツ語はもちろん、英語のアナウンスも聞こえていなかったのだ。危なかった・・・。
機内食
ドイツフランクフルト~韓国・仁川(インチョン)まで10時間半の中で2回。
乗ってすぐの1回目は夕食になる。パンにポテト、ケーキがドイツっぽい。
2回目は降りる1時間前、6月1日(水)の韓国時間は12時頃なので昼食だが、「ブランチ」と言うアナウンスが聞こえた気がした。コチジャンが付いていて、韓国風だ。
3回目は韓国仁川空港~広島空港間で出たもの。たった1時間余りだが食事が出るのだ。
ここでやっと日本食で、バラ寿司だ。日本がいよいよ近づいた気がする。
これで無事日本に帰りついたのだが、実は、その前の韓国・仁川空港で面白い出来事があった。
これは次回へ続く。
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美しく歳を重ねるために
5月30日(月)
荷物の片付け。いよいよ明日は帰国なので、スーツケースのパッキングをしたり帰国準備だ。
ドイツの地から最後のスカイプを日本へする予定。
地元のアイス屋さんへ、これも最後に行こうと話している。
5月31日(火)
起床とともに寝具を片付ける。2ヶ月以上も占領した部屋ともお別れだ。
パパさんは午後から早退してくれると思っていたが、朝から1日お休みを取ってくれるとか。
3月30日(水)からのドイツ滞在生活全63日。
2ヶ月と2日に及ぶ。喜怒哀楽すべてが体験できた。
何よりも可愛い孫の笑顔に出会えたことは最高の喜びだった。2ヶ月でかなり成長した。
育児は大変ではあったが、赤ん坊の成長はそれ以上に嬉しいものだ。
午後から車でフランクフルト空港まで送ってくれる。
今回はネットでの座席確保に遅れを取ったため良い席が取れなかったので、少しでも早く行って窓口での対応となる。
帰りは10時間半のフライト。韓国仁川空港に着いたらもう6月になっている。
花粉症や桜の季節から、一気に梅雨の季節へと飛ぶ感じだ。
6月1日(水)
韓国・仁川空港では6時間待ち。広島空港までは1時間半弱で着くのに、待ち時間のほうが長い。
1年前は空港の外は大雨だったので出ることもしなかったが、
今回は外に出てみようと思う。バスツアーもあるようだったし。
広島空港着は夜8時になる。
写真は5月29日(日)のもの。
派手な車体の列車を見つけた。
マラソン大会も車内から見た。晴れれば暑いほどなので、過酷なものだろう。
散歩やジョギング、サイクリングなど健康生活のあるお国柄だ。
大家さんのお茶の招待の時の写真も1枚追加。
■■「ドイツ滞在記」を読んでくださった皆さんへ感謝をいたします。
自分自身のためにも記憶の薄れないうちにと思って、毎日記事を書きました。
帰国後にまとめて書くのも大変なので、書いているうちに毎日の更新がいつの間にか日課になりました。駆け足の観光旅行ではなかったのでできたのだと思います。まさに日常でしたから。
コメント交流もしない一方的なものになりましたが、読んでいただくだけでも嬉しかったです。
娘と共用のPCもかなり独占使用でした。
異国の地でこのようなことができることに時代の流れを感じます。
これにてドイツ滞在記を終了します。
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美しく歳を重ねるために
5月29日(日)
■土曜日と同じ方向の東南へ、家から1時間弱車を走らせて、ゲッピンゲンという所へ行った。
そこにある「メルクリン博物館」が目的だった。
鉄道模型の老舗メーカーとして世界的に有名な本社付属の博物館があるのだ。
メルクリンという会社の名前は、創業者の名前だった。もともとはdoll kitchenを作る会社だったようだ。
入場無料。ただし、このようなものは好きな人にはよだれが出るほどだろうが、そうでない人もいて
さほど多くの入場者がいなかったのにはやや残念なほどだ。
館内にはレア物のモデルや、巨大なジオラマが展示してあり、販売もある。
値段は結構高い。300ユーロ近くするものもあるが、セットの値段ではなくて1輌分なのにはびっくり。
私は今はやりの「鉄ちゃん」「鉄子」ではないが、
夫の影響などもあり結構色々と出かける機会があったため、これまでも何かと見ているのだ。
まあ、面白い時を過ごせたが、娘は全く興味がないとのことで、車内で赤ん坊の面倒を見ていた。
■1時間弱館内を見てこの日の外出は終了。お昼は外食をした。
先日行ったフォイエルバッハまで戻り、そこにあるブロイハウス(ビールの醸造所)のあるビアレストランへ入った。
カツやピザを頼んで、今回もビールの小さ目のほうを注文したが、やはり酔ってしまった。懲りない私。
料理はなかなか美味しかったし、赤ん坊連れでもさほどうるさくはなく、楽しい時間が過ごせた。
■その後家に戻り、夕方4時に隣家の大家さんからのお茶の招待へ出向いた。
去年もお邪魔した。同じ時期でもあり、また「蕗のケーキ」が出た。
時期もので、白アスパラガスの出る今時しか食べられないのだという。
勧められるままに2切れも頂いた。甘いケーキではないが、珍しいということで有難く頂いたのだ。
しかし、私は2時間ものドイツ語会話の中には入れず、ビールの影響か酔いと眠気で朦朧状態、
その上赤ん坊まで抱いていたため、3重苦といったら大げさか・・・・・。
花の多い家で、花を眺めていたら、ご主人が庭を案内してくれた。英語での会話だが流暢には出ない。
4月にきれいに咲いていた木にさくらんぼがなっていた。さくらんぼの木だったのだ。2本もあった。
■夕食は「ズッキーニとひき肉のグラタン」。パプリカやジャガイモも入っており、野菜もあるのが嬉しい。
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美しく歳を重ねるために
5月28日(土)
パパさんは12日間の出張で疲れているだろうに、またしても一家でドライブに出かけた。
家から東南に車で1時間半ほど走る。以前出かけた「ウルム」に近いあたりだ。
<テディベア>の故郷ギ―ンゲンへ行ったのだ。
この町で生まれたマルガレーテ・シュタイフという女性がそのぬいぐるみを誕生させた。
高熱が元で両足と右手が麻痺したのにもかかわらず、縫製店を営み自立し、弟一家とともに縫いぐるみの製造を行うようになった。1902年に作り出した熊のぬいぐるみは見本市に出品されて、アメリカに渡りそこでブームになったのだ。
参考資料
1902年の秋、ルーズベルト大統領は趣味である熊狩りに出掛けたが、獲物をしとめることができなかった。そこで同行していたハンターが年老いた雌熊(一説には傷を負った子熊)のアメリカグマを追いつめて最後の一発を大統領に頼んだが、ルーズベルト大統領は「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にもとる」として撃たなかった。このことが同行していた新聞記者によって新聞に掲載され、このエピソードにちなんで翌年バーモント州のおもちゃメーカーが熊のぬいぐるみにルーズベルト大統領の通称である「テディ」と名付けて発売した。その頃ドイツのマルガレーテ・シュタイフの熊の縫いぐるみが大量にアメリカに輸入され、この名前が広まった。
現在もバーモント州のおもちゃメーカーはテディベアカンパニーとして一体一体手作りのテディベアを販売している。販売されているぬいぐるみは永久保証制をとっており、万一破損した場合などは無料で直してくれる。世界中にテディベアと名の付いた熊のぬいぐるみが売られているが、少なくとも名称と実態が一致した形ではこのバーモント州のメーカーのぬいぐるみが元祖といえる(実態としてはマルガレーテ・シュタイフも元祖的な役割は果たしている)。
自分で作成した型紙を使ってテディベアを作ることは可能だが、他人の型紙を使ってテディベアを作り販売などすると著作権侵害となる。
本当に小さな町だが、この日は「ビーチバレーボール大会」が行われており、たくさんの観衆がいた。
こんな場所で行われるのが不思議だが、ドイツでは人気のスポーツのようで各所であるそうだ。
博物館に入るのが目的だが、まずは博物館の裏手の付近で昼食。
有り合わせのもので作った持参の弁当を食べた。
ドイツでは何度弁当を作っただろう。パパさんが喜んで食べてくれるので作り甲斐があるが、
材料も揃わず、日本にいる時のようには出来ない。それでも皆でおいしく食べた。
博物館の隣は「シュタイフ本社工場」だ。
少し歩くと、「アウトレットショップ」があったので覗いてみた。シュタイフの厳しいチェックを外れたもので
耳にはボタンのタグが付いていない。しかし、値段も格段に安すぎるというわけではないので、それなら本物のほうが良かろうと、ここでは買わなかった。
いよいよ博物館見学だ。館内外の表示に日本語が多い。日本人の観光客が大勢来るのだろうか。
1人8ユーロ。入場券が4枚あるので不思議に思ったら、無料の赤ん坊のものもちゃんとあったのだ。
内部の案内アナウンスも日本語音声が流れる。
3階建てで、説明とともに上まで巨大エレベーターで上がっていく。
3階には多くの縫いぐるみがある。小さな子供たちが多い。
赤ん坊は今は何もわからないが、いつかまた来れば喜ぶだろう。
2階に下りて、シュタイフ社の歴史や作業の様子などを見た。丁寧な作りだった。
館内を一巡して、最後に1階にある商品販売場に入った。
数も多いが、この製品は値段もかなり高い。それだけ自信を持って売り出しているのだろう。
パンフレットも豪華なものだ。記念に赤ん坊に縫いぐるみを一つ買った。
今はまだわからないが、いつの日かお気に入りになってくれると嬉しい。
夕食はパパさんが作ってくれるというので、ママの授乳後、私と2人で赤ん坊をお風呂に入れた。
いつもは夫婦で入れるが、パパさんの出張中には私も何度か入れたので、少しは慣れた。
夕食はマッシュドポテトとザワークラウト、そしてニュルンベルグソーセージだ。
やはりその土地で食べるものが一番美味しい。
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美しく歳を重ねるために
5月27日(金)フォイエルバッハへ出かけた時の写真・・・続き
Sバーン(都市近郊電車)の利用には慣れたとはいえ、実は、いつもと違う列車に乗ってしまった。
通勤風景が見られたが、これは別の会社の列車だったようだ・・・。いつもの赤い列車ではないので不思議には思ったったが・・・。
新聞。戸別配達はないようだがこれは・・?(左)。スーパー内に(中)。店頭にも(右)。
駅のパン屋。街のパン屋。
植物の絡まる家。
今はどこもバラが各家にきれいに咲いている。向こうにはさくらんぼも見える。
がっちりした建物は何だろうと思ったら「ビスマルクシューレ」とある。学校だった。
清掃車は朝活動している。
バス停はHマーク。Haltestelle・ハルテシュテレという。
路上駐車はここまでくるとまさに壮観。
救急車はベンツ車だった。
帰りの列車を待っていると、ICE(超特急)が通過した。最高時速250キロまで出る。かなりの速さだ。
ほかにもIC(都市間特急)が走る。これはそれかどうか見落としたが、この駅通過で速度が出ていた。
フォエルバッハ駅から遠くを見たら、工場群の向こうにブドウ畑が見える。
普通列車には、1等が少しだけある。犬を連れた男性だけが乗っていた。
お土産は店頭販売のイチゴ。スーパーよりも新鮮で美味しいし値段もあまり変わらない。2・6ユーロ。
娘の好きなチーズケーキと、もう一つは「蕗のケーキ」。去年隣家の大家さんの家で食べた。
野菜入りのケーキで、娘たちは嫌がるが、すっぱさと野菜っぽい味が混ざり独特の味だった。
その蕗は「ラーバーバー」というようだ。
ケーキは2個で3.8ユーロだった。450円くらいか。
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