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もう5月・まだまだ先が見えないが

2020.05.01(13:30) 6097

◆5月になった。新緑の美しい過ごしやすい月だ。私の大好きな月である。

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2月頃からずっとコロナに明け暮れ、ひたすら我慢の日々を過ごしてきた。
その月日が長かったような、あっという間だったような、どう過ごしたか記憶まであいまいになる。

本来ならゴールデンウイークの狂騒に明け暮れる時期なのだが、今年は違う。
昨年は令和のスタートで、ある意味浮かれていた。

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◆まだまだ先が見えない状況。
1年前には予想もしなかったことが今起こっている。
今の世の中は大きく変わった。

会社勤務形態の変化(テレワークなど)。
学校の長い休み。(リモート授業など)(9月始業の検討も出始めた)。
飲食店(自粛、デリバリーや弁当販売などでしのいでいる店も増えた)。
スーパーマーケット(レジにビニールシートのついたて、レジ待ちの間隔開けなど)。
テレビ放送(再放送や過去放送の再編集、リモート出演など)。
催し物の中止
施設の閉館
外出自粛の在宅生活(健康維持のための体操、食生活)。
コロナ情報の多さ(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌など)。
「三密」を意識する生活。

あげればきりがないほどだ。
かつてないほどの大きな変革期、
不自由な中で人間は創意工夫をして現状を乗り切るすべを身に付けている。

おそらく、これほどのことがなければ出来なかったことが、いとも簡単に出来ている。
そこには苦労や大変さもあるけれど、それでもどうにかしなければという思いが強く出ている。

この先コロナが終息した後は、さてどうなるだろうか。
また元の生活に戻るか、今の変革を生かして一部継続するか、ある意味で見物ではある。

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修道院訪問・美味しい夕食

2019.08.24(09:58) 5950

金曜日

●1階の座敷を中心に、片付けと丁寧掃除をした。
娘が持ち帰った荷物も、1か月経ちやっと片付いた。

ここ最近は雨がよく降り、気温はやや下がり気味だが、湿度が高い。
2時間ばかり作業をしたら汗だくになり、疲れもひどかった。

●夫の夕食を準備して、娘と出かけた。修道院だ。
ここのA神父と娘は知り合いで、その関係から私は神父主催のヨガに半年通った。

4月に辞めてから久しぶりにここを訪れた。4月の花見の会やたけのこ堀りが思い出される。
今年はローマ法王も来日するので、娘は神父と色々な相談もあり出かけたのだ。

「ロザリオの祈り」をやっていたので参加した。これは2回目の参加だが、いまだによく分からない。
宿泊研修を兼ねた人などもいて、全部で13人の参加だった。

その後食事。神父と一緒に3人で食べた。
「ここのシスターが作ってくれる食事は美味しい」と娘には特に評判が良い。

前日に予約しておいたので、準備してくれていた。

<ご飯、味噌汁(なす入り)、トトロ芋のすりおろし、ヒジキと厚揚げの煮つけ、
アジフライ、キャベツのサラダ、きゅうりの漬物、オレンジ>

派手さはないが、手のこもった味わい深い食事で、本当に美味しくいただけた。
写真は写す雰囲気でなかったので、残念ながらなし。

宿泊者は、夕食後別のプログラムがあるのだが、我々は遅くなるのでそれは辞退した。
相変わらず雨がよく降る中を帰った。
新車運転も3日目になり、どうにか慣れたが、夜道はやや怖い。


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災害ボランティアに思う

2018.09.02(08:08) 5767

◆昨日9月1日(土)は夜中に大雨が降り、またしても7月のあの豪雨のことを思い出した。

そのうちに、朝5時半に緊急メールが1つ入り慌てたが、
広島市内でも安芸区の方で、当地とはかなり離れた場所だった。
ここは「避難指示」だった。これは最高レベルだ。
 
日中は夜中から明け方の降雨のようにはなく、ほぼ止んだようだった。
 
テレビニュースには、あのボランティアの尾畠春夫さんが映っていた。
8月末までボランティアをすると言っていたので、31日が最終日だったようだ。
 
◆ボランティアでは色々と考えさせられる。
 
尾畠さんは格別で、まさにスーパーが付くボランティアだ。一般の人は真似できない。
まず私はあの暑い中での力仕事など出来ない。熱中症で倒れるのがおちだ。
 
尾畠さんによれば・・・

年金が月に約5万円。その中で出来るように生活や活動するという。貯金は全くないという。
現地への交通手段は、軽自動車で普通道を行く。ナビもない。
活動中は車中泊で、風呂も入らない。帰宅後に別府温泉に入るのが楽しみとか。

食べ物ももらうことなくすべて自力で。レトルトパックのご飯に水をかけて梅干しと一緒に食べる。
あとは塩飴など。明らかに栄養不足だ。

それでいて活動は過酷。体の鍛え方が違う。
はいえ、これだけボランティア活動で鍛えて生きがいがあるので、続くのだろう、・・・・

しかし、誰でもが真似出来ることではない。
 


しかし、考えようによっては、ここまで過酷な活動をするべきかどうか疑問に思う。
ボランティアは水も食料もすべて自分で用意する。遠くからなら交通費も宿泊費もいる。
仕事がなければ何日でもできるが、普通は短期でしかできない。
 
引退後の生きがいとしてこのような活動をするとはいえ、
元気だからできることで、病気にでもなった時にはどうなるのだろうか。
 
尾畠さんは「避難所で食料が配られている時に、ボランティアも並んでいたのを見た。
そうすることで、避難者の食糧を奪ってしまうので、自分は絶対にもらわない」と言う。
 
しかし、食料配布に余裕があれば、ボランティアにも配っても良いのではなかろうか。

そこまで厳密にするのはいかがなものか。ボランティアは無償の奉仕とはいえ、
多少の援助的なものがなければ続くものではない。有償ボランティアというものもある。
 
ボランティアに格安の宿泊料金を提供したり、交通費の割引をしたり、探せば色々やっている。
ボランティアの存在への感謝の気持ちから出たものだろう。
 
被災地では被災者が一番大変なのだが、ボランティアとて大変である。
ボランティア頼みが、当然のごとくになっていはしないだろうか。
 
現に尾畠さんも、
「時には食べ物を持って来てくれる人もあり、その気持ちに対して断固として断れないこともある」
と言っていた。
あまりに頑なに主義主張を通すのも、却って人間関係を壊すのだ。
 
ボランティアの人達を見て、本当によくやっていると感心するとともに、色々と考えさせられる昨今だ。
  
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元気な82歳・97歳の一人暮らし・畑の土も疲れ気味

2017.09.02(09:28) 5392

◆昨日は歯科行き。
1か月間をおいての予約日だったが、担当医は急用とかでお休み。
代理の先生もいたが、担当医に診てもらう必要があるので、来週に日延べした。
 
その歯科で、元同僚に出会った。同僚とはいえ一回り以上も年上の人。
同じ歯科の同じ曜日、担当医も同じだが、これまで出会うことはなかった。
話を聞くと感心することばかり。

仕事は退職後嘱託で76歳まで勤めたという。
82歳の今でも、早朝に1時間のランニングをもう何十年も続けているという。
<走ろう会>に入っていたこともある。どうりで若々しい。80歳代とは思えない。
 
歯と胃と腸は大切なので定期的に検査などをして、予防に努めているという。
 
この人は奥さんの介護を長らくした人で、新聞にも何度か載ったことがある。
高台にある新興住宅地で今は高齢化で<買い物難民>という特集記事になった地に住む。
 
◆年をとっても元気な人の話を聞くのが好きだ。
同じようには出来ないが、何かしら参考になる。
 
夜はNHKのローカルテレビ(19:30~)で
フェイス「尾道・97歳ひとりを豊かに生きる・さびない鍬でありたい」を見た。
長生きするのは、体ももちろんだがその心持ちいかんにかかっていることが分かった。

続けて「金曜プレミアム・衝撃の死から20年・・・新証言!ダイアナ元妃」も見た。
「最期の1日の謎と真相に迫る」
「英国とパリで、当時を知る多くの関係者を探し当て、徹底取材を敢行」
しただけあって、かなり見ごたえがあった。
 
◆相変わらず日中眠く、少々だるくもある。
午後から雲が出て太陽が陰ったのを見計らって、畑作業をした。
 
冬瓜の一番大きいものを1個収穫して近所の人に上げた。
カボチャやトウモロコシの実のなっていないものは抜いて、それを土の上に敷いた。
いまだに暑い日々の太陽の照り返しで、野菜や土も苦しそうだから。



お昼は夫がお好み焼きを買ってきた。
夕食は中華料理が食べたいというので出かけた。
疲労と気分転換で外食がしたいというのだ。
 
夜は涼しいというよりは寒いほど。あの暑かった寝苦しい夜が嘘のよう。季節は確実に巡る。

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大橋巨泉さん亡くなる

2016.07.21(08:39) 5003

昨日のお昼にテレビの「徹子の部屋」をつけたら、
「大橋巨泉さん・永六輔さん2人の追悼番組」をやっていた。




その時点で大橋さんが亡くなったことは知らなかったので、
「あれ、巨泉さんは存命なのに・・・?」と不思議だった。
すぐにネットニュースを開き、亡くなったことを知った。
何とも手際が良いと思ったが、番組は2月に流されたものの再放送だった。

二人は、年齢も近く、大親友で、亡くなるのもほぼ同じ時期だった。
ショックが大きいので、永さんの死は巨泉さんには知らせなかったほどだと言う。
 
最近、テレビ界で活躍し一世を風靡した人が亡くなることが続く。
それも90歳代の大往生というよりは、80歳代、70歳代のまだまだ活躍できる人も多い。

巨泉さんと言えば、私の記憶では「クイズダービー」の司会だ。
50代でのセミリターアーや外国生活など、生き方には関心があった。
 
巨泉さんの死で驚いたのは、昔は体重が80キロ台もあったのに
テレビに映ったその時点では50キロ台だと言っていた。その後43キロという数字もあった。

死因は急性呼吸不全というが、ガンを患っていた。
ガンは死の準備ができる病気だと言われるが、過酷なほどの闘病には何とも声が出ない。
最近有名人のガン闘病も多く見聞きする。
 
経済評論家の金子哲雄さんは、ガン死を前に、
残された妻のために死後の準備を完璧にして亡くなったことをテレビでやっていた。
ここまで出来るのは、突然死などではありえない。
 
人間は今をどう生きるかなのだと実感する。まさに生き様こそが重要なのだ。

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  2. 修道院訪問・美味しい夕食(08/24)
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