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町内清掃で友へ黙とう・ドウダンツツジの花

2021.04.11(19:28) 6303

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◆今日は2か月に1回の町内清掃の日だった。
平素は夫が出てくれるので、私はあまり出ない。
それに、これまで日曜日は父の介護に行っていたので出られなかった。
おまけに昨年5月に右ひざ靱帯を傷めてからは、ますます出られなくなっていた。

今回は本当に久しぶりに出た。
父は施設に入っているので、日曜日に実家に行かなくても良くなったこともある。
膝の不自由さを、いつまでも言い訳には出来ない。

側溝の掃除やら、公園の落ち葉集めや草取りなどをした。

その後、今年に入って亡くなった2名の黙とうをした。
1人は104歳の女性、もう一人は70代の女性で、私の友達だった人だ。
友達とはいえ、年もかなり上で、お姉さんのように親切にしてもらった。
会えば何時も長話をしたものだ。
今でも「あの時はこんなことを言ったな」などと思い出す。懐かしいより悲しい。

◆庭のほうれん草がまだ少し残っているので、また収穫した。
油炒めでも美味しいのだが、湯がいてお浸しにした。油の多用は出来るだけ避けたい。

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肉は鶏でケチャップとオイスターソースで絡めた。
もう一つの肉は、鶏のレバー。こちらは砂糖醤油で味付けをした。鶏尽くし。

ご飯は厚手鍋で炊くので、おこげが出来たもの。これもまた美味しい。

◆近所の花。スズランのような白い可愛らしい花だが、
調べてみたらこれは「ドウダンツツジ」の花のようだ。
そういえば秋には綺麗に紅葉した木だった。

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61歳・駆け抜けた人生

2020.12.11(18:28) 6227

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◆喪中年賀欠礼のハガキが届く時期となった。

ハガキ

毎年年賀状を貰っている人からも来た。
「あれ、差出人に本人の名前がない」…よく見るとその本人さんの喪中ハガキだった。
なんと今年61歳で亡くなっていた。驚きだった。

このY氏は、特にエネルギーの塊の人だった。
今から20年ほども前に、中米のホンジュラス国に研修旅行に行った仲間だ。

10日間の研修中にも、その熱心な人間性が発揮されていた。
その後、何冊か本を出して、その都度送ってくれた。
昨年退職した際にも記念の本を出版して、それも読ませてもらった。
それらの本を繰り返して読むと、まさにエネルギーの塊のような人であったことが分かる。
お酒が好きで、豪快な人だった。

「中学、高校時代に国内を自転車旅行」「大学卒業間際に自転車でユーラシア大陸横断」
「旅で必要と感じて何か国語の語学講座に通う」「日本文化をしっかり理解するために、
茶道、書道、尺八、和太鼓、能、狂言、陶芸の稽古」「スタディーツアーに6回参加」
「アメリカ、イギリス、オランダ、ノルウェー、ホンジュラスの視察や研修」
「新聞社で1年研修」「文芸賞応募」「趣味は、囲碁、スキー、登山、サイクリング、マラソン、
社交ダンスに熱中」「映画鑑賞、映画塾に参加、ドキュメンタリー映画を制作、
自分でシナリオを描いて監督もした」「演劇では69回もステージに立った」

「本職は教員」「埋蔵文化財の発掘調査員として4年間勤務」
「NIE<Newspaper in Education(教育に新聞を)>の取り組み」


とにかく多彩な活動なのだ。私はかつてこれほどの活動的な人物は見たことがない。
「自分探しの旅」でのY氏のモットーは「挑戦」だそうで、
退職後もその挑戦に「終わりはない」と結んでいた。
その退職記念誌の出版から1年後に亡くなるとは信じられない。

ホンジュラスの旅の後、何度かみんなで集まって飲み会をしたが、相変わらず意気軒高だった。
まさに短い人生を駆け抜けた感じがする。

◆最近60歳代~70歳代の人の訃報欄が気になる。数が増えたかどうか統計的には不明だが、
自分がその年代になって、今さらながら気になってきたのだ。

これまでの欠礼ハガキは、自分たちの親世代の関連が多かったが、
これからは同世代や後輩世代も出てきそう。
長寿の親より子の方が先に亡くなる逆縁もある。

最近とみに自分の年齢や命や生い先を意識するようになってきているこの頃だ。

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もう5月・まだまだ先が見えないが

2020.05.01(13:30) 6097

◆5月になった。新緑の美しい過ごしやすい月だ。私の大好きな月である。

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2月頃からずっとコロナに明け暮れ、ひたすら我慢の日々を過ごしてきた。
その月日が長かったような、あっという間だったような、どう過ごしたか記憶まであいまいになる。

本来ならゴールデンウイークの狂騒に明け暮れる時期なのだが、今年は違う。
昨年は令和のスタートで、ある意味浮かれていた。

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◆まだまだ先が見えない状況。
1年前には予想もしなかったことが今起こっている。
今の世の中は大きく変わった。

会社勤務形態の変化(テレワークなど)。
学校の長い休み。(リモート授業など)(9月始業の検討も出始めた)。
飲食店(自粛、デリバリーや弁当販売などでしのいでいる店も増えた)。
スーパーマーケット(レジにビニールシートのついたて、レジ待ちの間隔開けなど)。
テレビ放送(再放送や過去放送の再編集、リモート出演など)。
催し物の中止
施設の閉館
外出自粛の在宅生活(健康維持のための体操、食生活)。
コロナ情報の多さ(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌など)。
「三密」を意識する生活。

あげればきりがないほどだ。
かつてないほどの大きな変革期、
不自由な中で人間は創意工夫をして現状を乗り切るすべを身に付けている。

おそらく、これほどのことがなければ出来なかったことが、いとも簡単に出来ている。
そこには苦労や大変さもあるけれど、それでもどうにかしなければという思いが強く出ている。

この先コロナが終息した後は、さてどうなるだろうか。
また元の生活に戻るか、今の変革を生かして一部継続するか、ある意味で見物ではある。


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修道院訪問・美味しい夕食

2019.08.24(09:58) 5950

金曜日

●1階の座敷を中心に、片付けと丁寧掃除をした。
娘が持ち帰った荷物も、1か月経ちやっと片付いた。

ここ最近は雨がよく降り、気温はやや下がり気味だが、湿度が高い。
2時間ばかり作業をしたら汗だくになり、疲れもひどかった。

●夫の夕食を準備して、娘と出かけた。修道院だ。
ここのA神父と娘は知り合いで、その関係から私は神父主催のヨガに半年通った。

4月に辞めてから久しぶりにここを訪れた。4月の花見の会やたけのこ堀りが思い出される。
今年はローマ法王も来日するので、娘は神父と色々な相談もあり出かけたのだ。

「ロザリオの祈り」をやっていたので参加した。これは2回目の参加だが、いまだによく分からない。
宿泊研修を兼ねた人などもいて、全部で13人の参加だった。

その後食事。神父と一緒に3人で食べた。
「ここのシスターが作ってくれる食事は美味しい」と娘には特に評判が良い。

前日に予約しておいたので、準備してくれていた。

<ご飯、味噌汁(なす入り)、トトロ芋のすりおろし、ヒジキと厚揚げの煮つけ、
アジフライ、キャベツのサラダ、きゅうりの漬物、オレンジ>

派手さはないが、手のこもった味わい深い食事で、本当に美味しくいただけた。
写真は写す雰囲気でなかったので、残念ながらなし。

宿泊者は、夕食後別のプログラムがあるのだが、我々は遅くなるのでそれは辞退した。
相変わらず雨がよく降る中を帰った。
新車運転も3日目になり、どうにか慣れたが、夜道はやや怖い。


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災害ボランティアに思う

2018.09.02(08:08) 5767

◆昨日9月1日(土)は夜中に大雨が降り、またしても7月のあの豪雨のことを思い出した。

そのうちに、朝5時半に緊急メールが1つ入り慌てたが、
広島市内でも安芸区の方で、当地とはかなり離れた場所だった。
ここは「避難指示」だった。これは最高レベルだ。
 
日中は夜中から明け方の降雨のようにはなく、ほぼ止んだようだった。
 
テレビニュースには、あのボランティアの尾畠春夫さんが映っていた。
8月末までボランティアをすると言っていたので、31日が最終日だったようだ。
 
◆ボランティアでは色々と考えさせられる。
 
尾畠さんは格別で、まさにスーパーが付くボランティアだ。一般の人は真似できない。
まず私はあの暑い中での力仕事など出来ない。熱中症で倒れるのがおちだ。
 
尾畠さんによれば・・・

年金が月に約5万円。その中で出来るように生活や活動するという。貯金は全くないという。
現地への交通手段は、軽自動車で普通道を行く。ナビもない。
活動中は車中泊で、風呂も入らない。帰宅後に別府温泉に入るのが楽しみとか。

食べ物ももらうことなくすべて自力で。レトルトパックのご飯に水をかけて梅干しと一緒に食べる。
あとは塩飴など。明らかに栄養不足だ。

それでいて活動は過酷。体の鍛え方が違う。
はいえ、これだけボランティア活動で鍛えて生きがいがあるので、続くのだろう、・・・・

しかし、誰でもが真似出来ることではない。
 


しかし、考えようによっては、ここまで過酷な活動をするべきかどうか疑問に思う。
ボランティアは水も食料もすべて自分で用意する。遠くからなら交通費も宿泊費もいる。
仕事がなければ何日でもできるが、普通は短期でしかできない。
 
引退後の生きがいとしてこのような活動をするとはいえ、
元気だからできることで、病気にでもなった時にはどうなるのだろうか。
 
尾畠さんは「避難所で食料が配られている時に、ボランティアも並んでいたのを見た。
そうすることで、避難者の食糧を奪ってしまうので、自分は絶対にもらわない」と言う。
 
しかし、食料配布に余裕があれば、ボランティアにも配っても良いのではなかろうか。

そこまで厳密にするのはいかがなものか。ボランティアは無償の奉仕とはいえ、
多少の援助的なものがなければ続くものではない。有償ボランティアというものもある。
 
ボランティアに格安の宿泊料金を提供したり、交通費の割引をしたり、探せば色々やっている。
ボランティアの存在への感謝の気持ちから出たものだろう。
 
被災地では被災者が一番大変なのだが、ボランティアとて大変である。
ボランティア頼みが、当然のごとくになっていはしないだろうか。
 
現に尾畠さんも、
「時には食べ物を持って来てくれる人もあり、その気持ちに対して断固として断れないこともある」
と言っていた。
あまりに頑なに主義主張を通すのも、却って人間関係を壊すのだ。
 
ボランティアの人達を見て、本当によくやっていると感心するとともに、色々と考えさせられる昨今だ。
  
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