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海外旅行記録

2006.06.30(21:46) 30

●いつかはまとめておかなくては、記憶も散逸しそうで気になっていた。

 まずは記録の羅列から・・・・

①1993年(平成5年)8月 <韓国周遊の旅> 3泊4日

・娘2人(高校1年生、中学1年生)と実父(73歳とまだまだ元気だった!)の4人で。
主人は仕事のため不参加。

・広島空港(現在の西飛行場)発着。市内にあり本当に便利な所にあったのに、
ここを利用したのは最初で最後となった。今ではコミューター便だけになってしまった。

・出発時に、近所の友達がハワイから帰着したのに出会った。それくらいこじんまりした空港だった。
・初めての海外旅行。父が国際線と国内線を間違えて、危うく置いていくところだった!

・ソウル(慶福宮、国立博物館、オリンピックスタジアム)
 慶州(仏国寺、国立博物館、エミレーの鐘、仏国寺)
 釜山(龍頭山など)

・ソウルヒルトンホテルで2泊、大変豪華なもので、これ以後のホテルが色あせて見えるほど。
でも私はホテルには重きを置かない。高級ホテルに泊まるお金があったら、ほかの事に使いたいほうだ。




②1996年(平成8年)7月 <内モンゴルと万里の長城、「大地の子」を訪ねての旅> 5泊6日

・次女(高校1年生)と2人で。長女は当時大学1年生(アメリカ在住)。主人は仕事のため不参加。
・福岡空港発着。行きは大連経由、帰りは上海経由。 

・北京(八達嶺、万里の長城、明の十三陵、天安門広場、故宮、天壇公園)
・国内線で内モンゴル自治区のフフホト空港へ。(大草原、乗馬、遊牧民家の訪問、モンゴル相撲、
 競馬、民族の歌や踊り、パオ<ゲル>泊、日の出を見る)

・当時NHKで放映されていた「大地の子」にはまり、このツアーを見つけ喜び勇んで参加したもの。
・何といっても、万里の長城とモンゴルの草原は雄大だった。ゲル体験も貴重なもの。



③1997年(平成9年)7月から8月 <アメリカ留学中の長女を訪ねて> 14泊15日

・次女(高校2年生)と2人で。初めての個人旅行でどきどきの旅。
当時、次女は海外旅行の知識もほとんど無く、英語も話そうともしなかった。
しかたがなく、私がすべてを担うことに。
・次女との旅行では、珍道中を繰り返し、間抜けな失敗も数限りない。
 
・関西国際空港発着。広島からは、たどり着くまでに半日かかって大変だった!

・ロサンゼルス空港、コロラド州デンバー空港、コロラドスプリングス、プエブロ着、長旅にぐったり。
・大学、プエブロの町、湖、ロッキーマウンテン国立公園、デンバーの町、
ロイヤルゴージュ(小渓谷)、パイクスピーク4301メートルへドライブ、サンイザベル森林公園、
プエブロの町並み保存地区
 
・プエブロは小さな町だったが、いつぞやは民放で、この地に住む<両足のない女性の子育て>ドキュ メンタリーをやっていた。何度も通ったスーパーマーケットが出てきて懐かしかった。

・そのスーパーが24時間営業。大型ショッピング店の明かりが深夜でもこうこうと輝いているのを見て驚いたものだ。今では日本でもお馴染みとなったが。

・ガーデンオブザザゴッド、プエブロ郊外ガニソン、ロデオ、デンバーの遊園地エリッジガーデン
ガソリンスタンド、スーパーマーケット、ローズモントミュージアム、プエブロ動物園
・・などあちこち行って、アメリカ生活を堪能
 
・窓を締め切って冷房をがんがん効かせる。洗濯は乾燥機で乾かし、外にも干さない。
電力消費をもの ともせず反自然生活をする大国に唖然とした。

・でも、コロラド州は自然が残っており、アメリカの中でも有数のアウトドアのメッカ。
ウインタースポーツには事欠かない。夏もキャンプ、ラフティングなど様々なレジャーができる。
・各地に、グランドキャニオンに似た自然が見られた。
ロッキーマウンテン国立公園はその広大さや、美しい自然が素晴らしかった。
 
・毎日毎日英語の生活に、いささか参りそうであった。生活するには大変。
それまで、英語留学くらいはしたいと思っていた私だが、この旅行で全くその気がなくなった。
・国際免許証を持参したが、ハイウェイと左ハンドルが怖くて1日でギブアップ。
・この後、次女も長女を頼って留学をすることになるが、私は次女の所に行くことはなかった。

 

④2000年(平成12年)7月 <中国(上海、抗州、蘇州、南京、無錫)の旅> 4泊5日

・次女(大学生)との2人旅。この頃は娘が中国が好きで、何度でも行きたがっていた。
・こんな地味なツアーに参加すると若い子などはほとんどいないので、
娘はお年寄りに可愛がられることが多い。「私は何故こんなにお年寄りにもてるの?」とは娘の弁。 

・福岡空港発着。
・抗州(西湖遊覧、霊隠寺)
・蘇州(東洋のベニスーー寒山寺、虎丘、刺しゅう研究所)
・南京(中国4大古都ーー孫文の墓ー中山陵、世界一の鉄道橋 南京長江大橋、南京城の正門中華門)
・無錫(太湖遊覧)
・上海(列車の旅ーー上海老街、テレビ塔東方明珠、上海外灘の夜景、豫園、南京路、上海雑技団)

・とここまでは良かったが、最終日に食べた上海料理(上海ガニ?)にあったって、腹痛・嘔吐に苦しむ。腸炎ビブリオによる食中毒にかかる。ツアー客ほぼ全員。上海の病院で診察を受け、出発便にかろうじて間に合いふらふらしながら帰ってきた。とんだ思い出となった。
・苦しむ私を見て、あまりの情けない表情に、同情するよりもつい笑ってしまったと娘。
 旅に出ると何かしらアクシデントに遭うものだ。



⑤2001年(平成13年)7月 <中米ホンジュラス国への研修旅行> 11泊12日
・1人での参加。中国・四国・九州・沖縄の同業者12人での旅。JICA(国際協力機構)主催。
・東京で2泊3日の研修後、成田発着。

・ヒューストン空港着後、中米ホンジュラス国首都テグシガルパ空港着。

・JICA事務所、日本大使館、文部省、教育現場視察、看護教育研究センター、橋梁建設現場
日本語補習校、コパン遺跡、青年海外協力隊員活動現場訪問、ホームステイ2泊。

・スペイン語圏で英語もあまり通じにくかった。
・帰りはヒューストンで1泊。NASAの宇宙基地があるところだが、行ってみたかった。
 
・長旅を共に経験をした仲間とはその後も交流が続いている。
 国際理解、開発教育の分野で皆エネルギッシュな活動をしている。
 その後、家族をあげて海外の日本人学校に行った人もいる。脱帽。


⑥2004年(平成16年)6月 <ハワイ旅行> 4泊5日

・主人と私は福岡空港発着、次女と主人の妹は成田発着。
・主人は初めての海外旅行

・ワイキキビーチで水泳、リムジンツアー(ダイヤモンドヘッド、石原裕次郎邸、ハロナ潮吹き岩、
あけぼの像、カメハメハ像、ハナウマ湾、この木何の木気になる木、サトウキビ畑)、
真珠湾、戦艦ミズリー号、宇和島水産高校練習船衝突沈没事故慰霊碑、トロリーでワイキキの町見学
・ハワイ大学見学(大学校内に、レーガン元大統領を悼んで半旗が掲げられていた。)


⑦2004年(平成16年)8月 <タイ旅行> 4泊5日

・次女(大学4年生)との2人旅。
・福岡空港発着、台北、香港経由、バンコク着までにほぼ1日かかる。乗り継ぎ、
待ち合わせに時間がかかった。どうりで安いツアーのはずだ。4泊ともザツインタワーホテル泊

・タイ式マッサージ(トラディショナル・タイマッサージ)
バンコク市内観光(水上遊覧、暁の寺<ワットアルン>、エメラルド寺院、
涅槃寺院<ワット・ポー>、ショッピング、古典舞踊鑑賞
・世界遺産アユタヤ、バンパイン観光、日本人街跡、象に乗る。

・デパート内でやっていたフットマッサージを受ける。
・BTS (高架鉄道)1日乗り放題パス<1DAYパス>であちこち出かける。トゥクトゥクにも乗る。

・微笑の国・・タイの人はみな穏やかな顔をしている。しかし、朝の通勤は渋滞がひどく、
バイク通勤も多い。その光景はエネルギッシュで、たくましかった。

旅では、ワクワクするほどの躍動感が感じられた。その対比が面白い。
寺院も光り輝き、日本や韓国・中国のそれとは趣が違う。

・秋篠宮さまはタイびいきと聞く。訪問時の写真に出会った。



⑧2005年(平成17年)8月 <韓国交流・文化探訪、文化船上大学の旅> 3泊4日
 
 ・一人での参加
 ・日韓文化交流センター主催の小中学生を対象とした旅行
 ・船旅、博多発・下関着
 ・光州、釜山訪問
 ・ホームステイ2泊経験
 
 ・別頁ブログ記事 「異文化体験 韓国の旅」 blogs.yahoo.co.jp/fan123m/8944223.html


●以上振り返ってみると、この記事を書いた時点で合計8回の海外旅行を経験していた。

次女との2人旅が多い。ついてくる間は費用を持つ約束でいたら、喜んでついてきていたが、
社会人になった現在、今後はそれもかなうまい。過ぎし日が懐かしい。

●また機会があれば、一つ一つについて詳しく書くこともあるかもしれない。
でも旅行記というものは、行った本人か、行ったことのある人以外は、
得てして面白いものではないのかもしれない。


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眠れない・・・・・

2006.06.29(21:51) 29

●この数年
「ああよく寝た!」
という満足な思いをしたことがない。

とにかく朝が早い。何時に就寝をしようが、4時5時に必ず目が覚める。
さすがに4時から起き上がることはしないが、朝6時ごろまで連続してぐっすり眠りたいと思う。

就寝が早くなれば、ひどい時には3時ごろ目覚めることもある。
そのまま寝付けなくて読書をしていたら、少しはうつらうつらすることもある。

最近はブログを始めたため、寝付くのが12時過ぎることも多い。
娘の仕事も夜が遅く、せめて帰宅した時くらいは起きておいてやりたいと思い、
ブログをやりながら待つことが多くなった。

それに反して、主人は朝が早い。始発の路線バスに乗り,JRで通勤している。
私も仕事をしているとはいえ、出かける人間をほっといて寝ているわけにはいかない。

夜遅く朝早い生活は、どこかでしわ寄せが来る。
以前は、夕食後うとうとすることが多かったが、最近はそれもない。

いつぞやは、花粉症の薬のせいもあるが、車を運転している時に無性に眠くなった。
国道バイパス道で右側のガードレールをがりがりとこすって、はっとして目が覚めた。
大事故になるところであった。

アメリカでは睡眠不足が原因の居眠り運転や注意力低下の医療事故などで、
毎年10万人の人が亡くなっているという。

●若い頃はいくら寝ても寝ても眠り足らない程であったのが、懐かしい。
子育てに忙しい頃、少しでも眠りたくて寝ていると、
早く起きた子供が顔の周りを触りに来ていたのが思い出される。

私の理想は11時までには床に就きたいが、12時を過ぎると頭がさえて眠れなくなる。
寝不足は、老化や病気にもつながるそうだ。

「眠りは量ではなく質だ」とも言うが、その両方が悪ければ救いがたい。
「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」のリズムは加齢とともに衰えるという。
 
年とともに「睡眠力」が弱ってくるようだ。眠るにも力が必要だとは・・・、歳は取りたくない。

●職場の可愛い子どもたちのうちの一人が、
「しっかり寝ないと鬱になるよ!」
と心配してくれる。

目覚し時計よりも早く起きる生活の毎日。休みの日でも遅くまで寝ておれないとは悲しい。

不眠に悩む人は多いと聞く。現代病の一つかもしれない。
それに年齢が加わっているのだから二重の要素を併せ持つ。

今後良くなることもあるのか、それとももっとも悪化するのか、事態を見守りたい。



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小惑星探査機「はやぶさ」

2006.06.28(21:50) 28

 完全なる文科系人間である私が、科学の世界に興味を持った。

 きっかけは新聞記事だったか、「子ども文化科学館」でのプラネタリュ-ム見学時に見た科学映像からだったか、今では忘れてしまったのだが。

 去年の9月に、小惑星探査機「はやぶさ」が、長さわずか550メートルという小惑星「イトカワ」に到着するというニュースは、当時かなり大きく報道され日本中が沸いた。毎日そのニュースをかたずを飲んで見守ったものだ。イトカワ表面から岩石を持って帰るための挑戦を、はらはらどきどきしながら見入った。

 その手法がことのほか面白かった。はやぶさから弾丸のようなものを発射させ、イトカワの地表に当てることにより砕け散った破片を上手く回収して持ち帰るというもの。月の石のように人間が着陸して持ち帰るものではない。月以外の天体の物質として期待されているという。

 イトカワまでは地球と太陽の距離の2倍、3億キロというとてつもない、想像すらできない距離で、そこからの帰還は2010年になるという。2003年の打ち上げから7年。その月日がその遠い距離を物語っている。待ち遠しいものだ。

 4年後、このニュースでまた話が盛り上がるだろう。これからも見守りたい。

 宇宙は夢とロマン溢れる空間。理系ならずとも、その神秘の世界に憧れを抱くのは自然だろう。


※帰還は2007年6月という資料もあり、そのどちらかは定かではないが、今後とも関心を持って行きたい。



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ブログで家族団らん

2006.06.27(22:24) 27

 日曜日、久しぶりに家にいる主人が何かと所在なさそうである。
「私のブログでも見る?」
といったところ、珍しいことにうなずくではないか!

 私のすることには、概して無関心・放任である人が。おまけに、パソコンに触ろうともしないほどの頑固な旧式人間だ。

<百匹目の猿>現象でも、オス猿は新しい流れに抵抗するのが現実という。
まずはパソコン操作から教えなければならない。

 ひとしきり読み終えたので感想を聞くと、
「別に・・・・。」
と、まるで現代っ子のようなそっけない返事。

 それでも、なんだかんだと聞いてくる。少しは興味を持ったらしい。


 そのうち日曜出勤の娘が帰宅した。いつもよりやや早い帰宅で、少しは心に余裕があるためか、何かと話に乗ってくる。疲れて帰宅した日はこうはいかない。

「もしかして、私が登場しているのでは・・・?だとすれば、出演料をもらわなくてはね。」
と言いながら、フムフムと読んでいる。

「これは事実に誤認があるね。訂正記事を書いてもらわねば。」
「自分が書けないのなら、私がコメント欄に書いてあげよう。」
「ここはかなりの脚色があるよ。全くの創作に近いね。」
「椎名誠の作品を読んだ息子が、自分があちこちに登場しているのを知って驚いた話を知っている?」
「私を知っている人が読んだら、恥ずかしい。」

・・・・など、あれこれ批評をしてくれる。

ともあれ、ブログ一つで盛り上がった家族団らんの一日ではあった。



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バイクその後

2006.06.27(21:23) 26

 バイクに乗り出してからほぼ1年が経過した。
 昨日の朝、何かしらハンドルがふらふらする。それでも、

「ええい、ままよ!」

とばかりに乗って出勤する。

 仕事を終えて、広島駅近くの歯科まで出かける。結構の交通量の中を、やはりふらつきながら。

なんだか変だとさすがの私でも気づいた。どうもタイヤの空気が抜けた感じである。それにタイヤの回りのホイールがなにかしらゆがんでいるようだ。

 無理して自宅近くのバイク店まで乗って帰った。店主に見てもらうとパンクをしているという。

 そう言えば、日曜日に車庫から車を出すときに、隣に置いてあるバイクにぶつかって、バイクの方が転倒した。あの時の後遺症だと気づいた。

 「よくも乗って帰ったものですね。」

と言われた。バイクは一日預かるという。たくさんの食料品を抱えどうやって帰宅しろというのか。重くて抱えては帰れそうにない。仕方が無いので、バス停3つの近距離ではあるが、バスに乗って帰った。

 1年で1800キロ乗っていたため、オイル交換をする時期を過ぎていた。

ともかくも、無事ここまできたことに感謝しよう。



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むなしい時間が過ぎた・・・・

2006.06.27(00:31) 25

 毎日一つの記事を書くことが自然な日課となり今日も書いたのに、「決定」ボタンを押し忘れて他に移動したため、またしても記事が消えてしまった。

 おまけに、昨日今日と「アバタ-作り」に悪戦苦闘。いつまでも<アバタ-未設定>では格好がつかないのであれこれと挑戦してみたが、作成したものがちゃんと入らない。出来上がったものを見ると、作成前のアバタ-見本がそのまま入っている。疲れてしまった。何をしているか。文章を練るより難しい。苦手な分野だ。

 アバターは、しばらくは仮のものということで・・・・。

 もう寝てしまおうと思ったが、ひと言何か書かねば気がすまない。というわけで、なんとも中味の無い文章にて、本日は終了!!!!


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8割 「デートより残業」 新入社員調査 女性は85%

2006.06.25(19:58) 24

●このところ、新聞記事を元にしたものばかりが続き少々気恥ずかしいが、新聞記事の中には考えさせられ書きたくなる記事が多いので致し方ないと納得し、自己弁護をしながら書いている。

ーーーーーー<中国新聞 6月23日(金)夕刊より>ーーーーーーー

○今春入社した女性新人社員の85%は「残業を命じられたらデートをやめて仕事をする」と考えていることがわかった。

○財団法人 社会経済生産性本部のアンケート結果
 3-4月 同本部の研修に参加した新入社員3900人を対象に実施

○「デートの約束があったとき、残業を命じられたら?」
         男女計 80%が「仕事をする」と回答
         男性  77%
         女性  85%
 この設問を始めた1972年以降で最多だった。

○「企業内で女性は依然少数派であるだけに、きっちり仕事をしないと立場が悪くなると考えているのでは」と分析している。

○「最近まで就職戦線が非常に厳しかったこともあり”会社の都合を優先しないと”と言う気持ちが強いのだろう」とも分析。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●ここ何年も就職戦線の厳しさが伝えられており、この頃の若者は大変だと思う。しかし、そんな中をくぐり抜けてきただけに、皆しっかりしている。特に女性の意識の高さは調査結果によく表れている。

 昔は、女の人は会社ではお茶くみやコピーとりばかりさせられ、結婚前の腰かけなどといわれ、結婚したら辞める”寿退社”などという言葉が広く言われてきたものだ。

 男女雇用機会均等法などというものは私の頃にはなかったが、男女が平等に扱われることは理想的に思われる反面、現実は女性にとってこれほど大変なものはないと思う。体力一つを取ってみても男女には差がある。それでも同じように仕事をこなさなければならない。勢い女性は男性以上に頑張らなければならないのである。女性であることを言い訳にはできないのである。厳しい時代である。

●そんな中、娘もまさにこの現実の中で仕事をしている。入社2年目に入り少しは慣れてきたとはいえ、見ているだけでも大変さが伝わってくる。何度もくじけそうになり、挫折寸前までいった。一度は辞表を出したが、

「疲れているのだから休んでよく考えてみたら。」

と1週間休暇をもらった後、又仕事を開始した。会社とて一人を一人前にするまでかなりのお金を使って育てているのだから、そうおいそれと辞めて貰っては困るのだ。簡単に代わりができるものではない職種のためでもある。

 それでも、この不況下に、辞めたくても辞められないなど贅沢に思える。全国にはリストラにあえぐサラリーマンが果たして何人いることだろう。

●2年目ぐらいではまだまだ仕事を覚えることで精一杯。デートに励むことなど考えられない。それどころかデートをしたいと思う人にすら出会う機会もない。会社は男社会で男の人は多いのに、この人はと思う人は一人もいないらしい。それでも、合コンなどというものに行くくらいなら少しでも体を休めたいという。

 なんとも味気ない青春で可哀想に思えるが、職場には30代でも独身の女性が何人かおり、皆バリバリと素敵に仕事をこなしている姿を見ているので、自然とのん気にもなるのである。
「お母さんはこの年には結婚していたよ。」
というと、
「それがどうしたの?」「今結婚など考えられない!」「お母さんは何が言いたいの?」「結婚結婚とうるさいね。」
と反発する始末だ。

 それでも時には
「どこかにいい人はいないかな?」「藤井隆のような真面目そうな、家庭的な人がいい!」(??)
「子どもは可愛いので育ててみたい。」
等と言っている。
 
 今は全くの親掛かりで、仕事のみにかかりっきりのため
「お母さんがいないと私は生きていけない。」「お母さんのような男の人がいないかな?」
などとわけのわからないことを言っている。

 外で男の人と肩を並べて働く分、しんどいことも多いようだ。家では完全に馬鹿になりきっている。
「家でのこんな姿を、会社の人が知ったらどう思うかねー?」・・・・・・

●子どもに甘い親だと思う。でもいつかは離れていく身。あと何年一緒にいられるのだろうか。今をたっぷりと一緒に過ごしたい。今に、親よりも大切な人が現れることだろうから。



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人の生き方 = 柔道家 古賀稔彦さん=

2006.06.25(09:47) 23

 日経新聞 平成18年6月25日(日) 「マイバランス」より
                  <借金抱え町道場。死ぬ時の満足求め現役復帰も>

○2000年に現役を引退した後、町道場を作ることにした。一生柔道にかかわりたいという思いからだ。稽古中に畳の上で死ぬかも知れないが、本望だとの思いであった。

○しかし、建築費が想定の1.5倍にも膨れ上がった。一度決めたら突っ走るタイプで、「働けば何とかなる。」と腹をくくった。

○道場の経営では生計は立てられず、講演活動が中心だ。損得勘定をしていたらできないけど、死ぬ時にやってよかったと思えればそれでいい。赤字が怖いから節約しなければとか気にする人生はつまらない。

○今、現役復帰を考えている。練習に打ち込む集中力や試合の緊張感をまた感じてみたいから。練習時間がとれないが、来年、実業団大会で優勝すれば北京五輪の一次予選の出場資格が得られる。初めて挑戦したソウル五輪から20年。考えると楽しい。38歳という年齢など感じている暇はない。


●「38歳という年齢など感じている暇はない」---人生をなんと前向きに歩んでいる人であろうか!

 「もう○○歳だから・・・しなければ。」と、人はついステレオタイプに考えがちだけれど、特に過去の時代はその傾向が強かった。現代はその傾向は比較的薄らいできているものの、個人差はある。

 私など、今でもこのような考え方を口走っては、顰蹙や反発を買うことも多い。口では進歩的なことを言っている筈なのに、いざ現実となるとなんと保守的なことかと指摘されることもある。特に身内のこととなると、理論よりも感情が先行してしまう。<言行一致>を心がけなければ・・・・。

 



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美又温泉(島根県浜田市)行き

2006.06.24(20:04) 22

 美又(みまた)温泉に行ってきた。広島から高速道に乗り約1時間くらいの所にあり、あと少し行くと日本海に達するするところに位置する。ドライブがてら、日帰りに充分な程よい小旅行となった。

 温泉やスーパー銭湯巡りが好きで、広島県内を中心に、中国地方から四国・九州までかなりのお湯に浸かった。

「そんなに行ったのなら、一番良かった所は?」
とよく聞かれるが、
「うーん・・・・?」
とすぐに答えが出ない。

 どれもそれぞれ良さがあり、優劣がつけにくい。泉質の差などは素人目にはよくわからない。あとは施設・設備にそれぞれが趣向を凝らし差をつけているが、これまたほとんど差がない。

 日本全国を渡り歩いた温泉評論家なる人が、温泉ベストテンのような順位をつけたテレビ番組を見た事があるが、そんなコメントができるほどのものでもない。

 それでも、つたない私の過去の記憶を辿ってみると、思い出として残っている温泉は、

①琵琶湖のほとりの琵琶湖ジャングル温泉ー(という名前だったかな・・・?)スケールの大きさにビックリした。
②有馬温泉ー由緒ある温泉でもあり、タオルが茶渋で染まったようになったのにはビックリした。
③道後温泉ーこれまた歴史のある温泉で、坊っちゃん湯に浸かり、文学の世界をも味わった。
④別府温泉ー湯煙が立ち上る町を歩くだけで、温泉を堪能した気分になった。地獄めぐりは格別面白い。

 さて、話を元に戻すと、近隣の温泉で良かった所は甲乙つけがたい。
 そんな中、我が家の主人のお気に入りは、この「美又温泉」と、「奥尾道・原田町のゆう神の湯」である。

 共に高速道路を使って家から約1時間くらいではあるが、そう度々行けるほどではない。高速料金も往復で4~5000円はかかる。

 それでも機会あれば何度でも行きたがる。その理由は、「美又温泉」は<美人の湯>といわれるだけあり、お湯がぬるぬるしてまろやかである。お肌がすべすべしてくる感じである。「ゆう神の湯」は、ひなびた山奥にひっそりたたずむ温泉でまさに<秘湯>という言葉がぴったり。何の装飾もない地味なものであるが、一度入るといつまでも体がぽかぽかと暖かいからだ。

 とはいえもう7月も近い。夏場はさすが温泉めぐりは意気が下がる。去年から今年の冬は雪も多く寒さが本当に厳しかった。例年になく温泉通いをしたものだ。それもしばらくはお休み状態となるだろう。



  



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本(めぐみさん、パソコン、シッタカブッタ)

2006.06.24(05:35) 21

 
●「めぐみ、おかあさんがきっと助けてあげる」  横田早紀江著  草思社

 いまなお解決しない問題に年老いてゆく母親の切ないまでの思いが伝わってくる。お父さんが日本銀行に勤務していた関係から、転勤も多く、事件のあった新潟の前には広島にも住んでいたという事で、縁のある人も多いと聞く。

 事件がおきたのは昭和52年11月という。私が長女を出産した年の翌月である。その娘も今年で29歳になる。その同じ年月を、会えない苦しみと共に歩んできたなど、その思いは当事者以外には量りようがない。一刻も早い解決を望む。

●「50代からパソコンを使いこなす本」  菅原孝雄著   新潮選書

 遅まきながら、パソコンに触れる機会が多くなり、特にネットの世界に興味をもつようになった。
「インターネットはあなたの生き方を変える」とのくだりもあり、「悩み多きコンピューターレス世代」向けに書かれている事が嬉しい。
 
●「愛のシッタカブッタ」あけると気持ちがラクになる本   小泉吉宏著  メディアファクトリー

 ほのぼのとした漫画の中に、生き方の指針となる言葉が心に残る。漫画と侮ることなかれ。
 数ある区の図書館の中から検索したら、何と<漫画図書館>に1冊だけあった。最寄の図書館から予約すれば受け取れる。便利なものだ。
 身近な人に聞いたら、この本のことを知っている人も何人かいた。
 後で分かったのだが、わが職場の図書館にもあったのだ。灯台下暗し。   



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2006年06月
  1. 海外旅行記録(06/30)
  2. 眠れない・・・・・(06/29)
  3. 小惑星探査機「はやぶさ」(06/28)
  4. ブログで家族団らん(06/27)
  5. バイクその後(06/27)
  6. むなしい時間が過ぎた・・・・(06/27)
  7. 8割 「デートより残業」 新入社員調査 女性は85%(06/25)
  8. 人の生き方 = 柔道家 古賀稔彦さん=(06/25)
  9. 美又温泉(島根県浜田市)行き(06/24)
  10. 本(めぐみさん、パソコン、シッタカブッタ)(06/24)
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