風邪も全快とはいかないけれど、何か美味しいものが食べたくなったのでランチに出かけた。
週刊情報紙Cueについているクーポンが使える店にした。
「木々路庵」だ。行ってみたら「こころ庵」と読むことが分かった。
(広島市安佐南区西原7ー2-21)
先日のランチでは12時頃行ったら待たされたので、11時オープン直後に行ったらさすがに1番だった。
230席もあり、駐車も50台可能だ。車の送迎もありそれを利用した団体も来ていた。
団体より先に着いて良かった。
クーポンは500円引き券で、「萌黄御膳」と指定がある。
この店にはメニューの品数が多い。指定がなければ選ぶのに迷うところだ。
「昼御膳」だけでも何種類もある。
ほどなく運ばれてきた。何とも豪華で華やかだ。全8品。
ミニタコ飯、ミニアナゴ飯、ケーキ、野菜天ぷら5品、茶わん蒸し、あさり出しラーメン、漬物、刺身。
どれも美味しかったが、一押しは「アナゴ飯」だった。アナゴの甘辛い味がご飯に合って抜群だった。
汁物はあさり出しラーメンだけなので、少し足りなかった。主人はノンアルコール、私はお茶で我慢。
でも、これだけ食べるとお腹いっぱいになった。
後で分かったのだが、このお店は、先般出かけた「夢料理おとぎや」と同系列グループだった。
その時にもらった「ソフトドリンクサービス券」も使えたのに、知らなかったので持参していなかった。
■風邪も治りつつあるので、滋養のあるものを食べようと考えたが、胃はまだ少し疲れていた。
元気いっぱいの時なら、もっともっとおいしく食べられたであろうが。
帰りにスーパーに寄って買い物をしたが、体がまだ少しふらつく感じだ。まだ100%快復ではない。
それでも退職後は風邪をひいてもゆっくり休めるのが嬉しい。
現役時代はゆっくりと休むことも出来ず、無理を重ねては出勤したものだ。
その結果長引かせたり、重症化したりした。その代わり通院はよくした。
今回は病院へは行かなかった。安静にしてゆっくり寝ておれば治ると考えたのだ。
夫ののど用トローチを貰って飲んだぐらいで、他には薬も飲んでいない。
早く治そうと思って薬を飲むと、治った頃には胃を痛めることが多かったからだ。
のど飴だけは買って来てしょっちゅう口に入れた。のどがいがらっぽくなると咳が出るためだ。
実家の父も気になることだ。とにかく声が出にくいのが一番困っているそうだが、
歳も歳だし、ひどくなるのが怖いので目が離せない。
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美しく歳を重ねるために
■風邪を押して公民館の「防災講座」に出かけた日に、
そこでたまたま見つけて借りた本。
面白くて一気に読んだ。
「ジョン万次郎・海を渡ったサムライ魂」
マーギー・プロイス著・金原瑞人訳・集英社・
2012年6月第1刷発行・9月第3刷
ジョン万次郎の名前や業績は大まかには知っているが、
詳細は知らなかった。
かなり前に家族で四国周遊をした時、
高知県で記念館の標識を見たかすかな記憶がある。
<1827年土佐の貧しい漁師の息子に生まれた万次郎は、14歳で乗り込んだ漁船が難破して
無人島にたどり着き、やがてアメリカの捕鯨船に救出され、その船長の養子になりアメリカで
教育を受け、10年後に日本に帰り着く。
平民の身でありながら幕府直参に取り立てられ、中浜万次郎と名乗り様々な活躍をする。>
その一生は、波乱万丈の冒険小説であり、立身出世物語であり、
感動的なヒューマンドラマであり、激動期の日本とアメリカの縮図でもあった。
この本はアメリカの女性が書いた本なのでアメリカでの生活が生き生きと描かれているが、
日本でも井伏鱒二、竜門冬二、中濱武彦、山本一力など多くの人が物語にしている。
それだけ題材としても魅力があふれるものなのだろう。
<日本で初めてアメリカを訪れた日本人>ということで、14歳という年齢も幸いした。
船長が養子にしてくれ学校に行かせてくれた。
一人前になって一人で暮らせるものを身につけさせようという親心だ。
漁師の息子だったため日本語の読み書きもしていなくて、初めて受けた教育は英語だった。
親子として暮らすことになったのだ。船長は後に結婚し子供も生まれる。
その息子を万次郎は弟として可愛がるが、漁に出て帰ってみるとその子は熱病で亡くなっていた。
10年間アメリカで過ごしたが、学校に通ったのは3年余りで、あとは船上での暮らしが長かった。
カルフォルニアでの金塊探しにも出かけている。
若かったがために吸収力があったのだろう。運が良かったのだ。
しかし、その根底には本人の魅力的な人間性があったからこそだ。
健康、好奇心、冒険心、勤勉、忍耐力、語学の才能などバランス感覚に秀でていたのだ。
そんな人物だったからこそ、良い出会いがあったのだろう。
万次郎は幕府の使節団の通訳としてアメリカに赴くこともあり、20年後に船長夫妻と再会もしている。
その後、両方の子孫が草の根交流を続けたり、
過ごしたアメリカの都市(マサチューセッツ州のフェアヘイブンとニューベッドフォード)と、
生まれた日本の土佐清水市が姉妹都市として交流している。
万次郎の両国を思う心はずっとつながったのだ。
◆この本を読むと、他にも似たような映画や本を思い出した。過去のブログ記事もある。
津田梅子は日本に帰った時には日本語を忘れていたという。
新島襄のアメリカ生活とも似ている気がする。この人にもアメリカの父がいた。
かすかに覚えているテレビで見た映画「おろしや国酔夢単譚」(大黒屋光太郎ロシア漂流記)
も似ていた。これは万次郎よりも80年も前の話だ。
どれも史実であるがゆえに一層の興味を掻き立てられる。
■実家の父の風邪はその後ひどくはなっていないようだが、声が出しにくいほど声が枯れている。
「しっかり食べて暖かくして寝ている。」と言っているので少し安堵はした。
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美しく歳を重ねるために
■昨日金曜日は、どうしても行きたい場所があったが諦めて休んだ。
公民館行事で、「吹き矢体験会」があったのだ。
何だか面白そうだし、新聞の記事にもなりそうなので、行く予定だったのだ。
しかし、これは運動なので風邪気味では出来ないだろうし、まだその元気が出なかった。
体験はしなくても取材だけでもと思ってはいたが、やはり行けなかった。
本当に残念でならない。またの機会はあるのだろうか?
酷い時はトイレへ行く以外はずっと眠っていたいほどだ。
体が休養を求めているのだろう。それでも午後から少し眠った。
久しぶりの好天なので、布団を干したら寝ても気持ちの良いこと。太陽の恵みは有難い。
食欲も戻りつつある。しかしのどの痛みがなくなった代わりに
痛みが少し奥の方まで達したか、時々咳が出るのが苦しい。
こうなると長引くことになる。のどの痛みの段階で止めておくと長引かないのだが。
■金曜日に出かけた「防災講座」の原稿のまとめがあるので、その作業も行った。
弟や父が心配して来なくて良いと言ってくれた。それに咳をして父にうつす方が心配だ。
今朝父に電話をしてみると、何と父も風邪気味なようで「声が出ない・・・」と言っている。
木曜日に行った時には私はまだのどが少し痛かったくらいなので、
私の風邪がうつったのではなかろうが。気になるがどうしようもない。
いやはや、何とも仕方がないことになってしまった。
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美しく歳を重ねるために
■金曜日の昨日は、午前中1時間半だけ出かけた。
社協の民生委員さん主催の「防災講座」が公民館であったのだ。
社協だよりに載せる記事担当になったので、その取材だった。
これだけはどうして行かねばならない。まだ治り切っていない風邪を押してマスクをして出かけた。
話はなかなか面白かった。講師は地元の人なので、話が身近だ。
現職時代は技術畑の人で、手作りの雨量計などを見せてくれた。器用なものだ。
これは新聞のタウンリポートにもなると思い、両方に出すつもりだ。
■帰宅後、あとはひたすら眠った。風邪をひくとどうしてこんなに眠いのだろう。
体のだるさや頭の重さがある。昼は総菜パン2個を食べるのが精いっぱい。
何を食べようとしても味気なく、食べる気力がわかない。
夕食は、ヨーグルトきな粉にバナナ1本をやっと食べた。
食べなければ痩せる。当然だが、病気の時はそれを痛切に感じる。
平素は食欲がない日がめったにないのに、病気の時だけは別だ。
食べずに痩せるなど嬉しくないものだ。しかし、胃も弱っているのだろう。
栄養のあるものを食べる必要性は感じるが、食べられないので仕方がない。
こんな時にはお粥を食べるのは理にかなっている。しかし、栄養の点ではあと一品は必要だ。
野菜など具をたっぷりと入れた汁物が一番良い。すりおろししょうがを入れた生姜湯も飲む。
今は全国的にインフルエンザが大流行中だ。
幸にもインフルエンザではないようだが、とにかく休養するに限る。
今日は出かける用事もあったが、仕方なく欠席連絡をして、しっかり休むことにする。
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美しく歳を重ねるために
とうとう風邪をひいてしまった。
夫が先週末から風邪をひき咳をするものだから、
いつかうつるのではないかと冷や冷やしていた。
案の定、水曜日の夜くらいからのどが少し痛み出した。
口の中はばい菌が一杯だそうだから、とにかくうがいを励行した。
昨日木曜日は実家行き。マスクをして出かけた。
まだ残っている庭木の枝葉をゴミに出さなければならない。
重いので結構大変。それでも頑張って集積場へ持っていった。
大箱3つと、ビニール袋3つを出した。あと1回行けば終了だ。
帰宅後、何だか疲れが出だした。熱もありそうで体がだるい。
今週は木~日曜日まで用事が入っている。
雪が降った頃には家でのんびりとしていたが、今頃になって忙しくなった。
この時期に風邪でもひいたら大変だと案じていたことが本当になった。
夕べは早目に床についてぐっすり、眠った。
私の風邪はのどの痛みからくるのが毎度の定番だが、夜中にもかなり痛くて、
目覚めては何度もうがいをして、のど用トローチをなめると少し痛みが治まった。
退職後は、仕事のことを気にかけなくても良いので、急いで病院へ行くこともない。
とにかく安静にしておればそのうち治るだろう。
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美しく歳を重ねるために
■今年の寒さはかなりのものだ。
昨日は、山陰の鳥取県では相当の積雪で、道路での車の立ち往生などが起きていた。
山陽では昨日はあまり降らなかったが、外にちょっと出ただけで凍えそうな寒さだ。
広島県有数の豪雪地帯である庄原市高野町では、もう126センチの積雪になっている。
冬は寒いのが当たり前だが、ここ数年は暖冬のことが多く、
あまり冬の厳しさを味わうことがなかった。今年のような寒さこそまさに冬だと実感する。
先日雪が降った後だったか、シーツを洗濯をして干したところ、湯気が立ち上っていた。
湯で洗ったのならわかるが、水で洗ったものだ。周囲の気温が相当低かったのがわかる。
こんなにどんどんと湯気が上がるのを見ることはなかったので、やや驚いた。
■話はがらりと変わるが、相変わらず「英会話の学習」を続けている。
その必要性を感じるのは、外国旅行中と帰国した時だ。
「やはり英語くらいは自由にしゃべりたい。」と毎度思う。
しかし日常生活が始まるとその思いはいつの間にか消える。その繰り返しだった。
3度目のドイツ訪問から帰った2012年、今回こそはと学習を始めた。
ドイツでも英語が喋れればどうにかなるし、空港その他英語の必要な場所は多かった。
しかし、これだけに熱中するほど暇でもないし、根っから好きでもないのだろう。
ついついおろそかになることもある。それでも、どうにか今日まで続いている。
しかし皮肉なことに、その後は介護なども忙しくなり、海外旅行の機会はなくなった。
それでも細々と続けている。今回はいつになく続いている。
ラジオを最低限1日1回聴くことをにしているが、1回の放送だけではほとんど身に付かない。
その後の予習や復習量によって定着度が違ってくる。
週に2回実家への行き来の3時間近くでは、ラジオで英語放送を探しては車内で聴いている。
しかし余り集中し過ぎると、信号が青でも気づかないこともあり少し危ない。
我が家の娘2人は外国留学経験もあり根っから英語が好きで、専門にしているほどだから
その熱意は相当なものだ。テレビは2か国語放送にして聴いている。
テレビの映画を英語でよく観ている。日々常に英語漬けなのだ。
それに比べれば、私の熱意はかなり低い。
本やテレビ番組で楽しいものがあれば、そちらに流される。
時には放送も聴くのが億劫な時もあるし、テキストを開きたくない日もある。
やってもやっても余り向上していない気がして、時には止めたくなることもある。
海外旅行の機会も今後はあまりないだろうと予想はされるのだが。
しかし「その年で今さらやってもね・・。」などと言われると、意地でも頑張りたくもなる。
放送担当のある講師が言っていた言葉を支えに続けているのだ。
「英語学習は・・・
焦らず、たゆまず、コツコツと。努力は決して無駄にならないし、裏切らない。」
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美しく歳を重ねるために
昨日も寒い一日で、ここしばらくは外の用事がなければ一日中家の中にいることが多い。
書斎にしている机の位置を変えてみた。その後、書類を片付けた。
切り抜きの書類もまとめてはたまに片付けるが、それ以外のファイル内の書類を片付けた。
年金、保険、確定申告、銀行関係・・・溜まりに溜まったものを、まとめて片付けた。
こういうものは日々こまめに片付けるわけにはいかず、ついつい溜めてしまうのだ。
不要なものは処分すれば、かなりすっきりして机周辺が綺麗になった。
夫は滅多にひかない風邪をひいて、珍しく一日中家にいた。
咳をするので、私はうつらないかと戦々恐々だ。
◆地元中国新聞の情報誌「フェニックス」(2・3月号)の読者のページに
私の投稿文が掲載された。
今月のテーマのページで「風邪」(予防法、ひいたときの対処法、エピソード)だ。
120字前後の字数制限なので、極めて短い文章だ。
私の文⇒⇒
<現役の頃はしょっちゅう風邪をひいていた。発熱やのどの痛みや体のだるさがあれば
「インフルエンザになった!」と大騒ぎ。仕事は休めないので、すぐに病院へ直行し
点滴を打ってもらうと、翌朝にはケロリとして出勤出来た。そんな私を娘は
「また、なんちゃってインフル?」と毎回あきれ顔だった。>
他の人の対処法は・・・
<冷水摩擦、ミカンを食べる、しょうがパワー、手料理、歯磨き、ぜいたくな飲み物、卵酒、
梅干しの肉をすりつぶして布に塗りこめかみに貼る、美味しいものを食べて寝る、
蜂蜜キンカン、ネギを首に巻く…>全部で18人の様々なエピソードが載っている。
掲載謝礼は「ちゅーピー500ポイント」だ。
何だかこの頃は、あれこれ文章を書いては、新聞や雑誌に投稿することが増えた。
書くためには題材を見つけねばならないし、どこに何を投稿しようかと探す。
そのためには、あらゆることに関心を持ちアンテナを広げていないといけない。
退職後のささやかな生きがいのようなものになってきている。やっとたどり着いた趣味の世界だ。
やっと・・・とはいえ、文章を書くことはもともと好きなことではあった。
<投稿⇒掲載⇒謝礼>は心地良い活動なのだが、書くためにはどうしても机に座る時間が増える。
運動量が減って、いつの間にか動くことが億劫になってきているのが、唯一の難点ではある。
健康のためには、静と動をバランス良くしないといけないとは思う。
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美しく歳を重ねるために
昨日は実家行き。
大寒も過ぎ、寒さも今が最高潮だろう。毎日本当に寒い。
父はこのところ機嫌が良い。嬉しいことだ。
時に鼻歌交じりのこともあり、良いことでもあったのだろうかと思うほどだ。
◆注文中のカーテンが出来上がったので店に取りに行き、取り付けをした。
実家はもう約築40年になるだろうか、当時取り付けたカーテンのままだ。
カーテンレールも古いのでこれも変えたいが、まずは座敷のある廊下のカーテンから。
昔のものは分厚くて、家では洗えないほどだ。さすがに朽ちてきている。
レースのカーテンはかなり前に取り換えている。
今のカーテンは軽くて、それでいてしっかり遮光もする。家で洗うこともできる。
綺麗に取り換えたカーテンは気持ちが良い。まずはこれで第1弾が完了。
あとは、もう1か所あるが、これはカーテンレールからやり直さないといけない。
それに、レースと布カーテンも取り換えが必要。一気には出来ないので一つ一つやる予定だ。
◆裏庭のまだ残った。枝葉を、
大きな段ボールを貰って来てそれに入れた。
箱詰めは誠に便利が良い。
枝があれば袋詰めは手間がかかる。
どんどん詰められるので袋より早く出来る。
大箱3つになった。
これを袋に詰めれば倍以上の数になっただろう。
しかし、箱の状態で取ってくれるのかどうか
確認していない。
次回はたくさん溜まっているゴミを
集積場へ持ち運ぶつもりだ。
◆実家にいる時に、高校時代からの友達から電話がかかった。
しばらくご無沙汰をしている友だ。
彼女も介護に苦労したのだが、今はもうそれを卒業している。
介護の先輩で、色々と話を聞いたこともある。
温泉のことで話をしたいということで、しばし話した。
今は友達とも会ってゆっくりと話すことが出来ない状態だ。
ランチによく行く別の友達とも、たまにしか会えない。
友達もそうだが、孫にすら会えない。長期に家を空けることも、宿泊旅行もできない。
今が一番自由がきかない時ではある。まあ致し方ないのではあるのだけれど。
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美しく歳を重ねるために
昨日はまたしても寒波が来て積雪になるかと思いきや、そうはならなかった。
しかし、遠くの山を見ればかなりの雪が積もり、白く雪化粧をしている。
今年ほど雪に縁があり、こうやってじっくり雪を眺めたこともこれまであまりなかった。
ドイツの孫も雪の中を楽しんでいるようだ。
夏に生まれ、5ヶ月を過ぎた2番目の孫にとっては初めての雪。
この状況が何だか分かっているのだろうか。
▼第1子の孫(もうすぐ6歳・2月生まれ) ▼第2子の孫(もうすぐ6ヶ月・8月生まれ)
私も縮こまってばかりおらずに、しっかりと背筋を伸ばして体のケアに努めたい。
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美しく歳を重ねるために
昨日は大寒。まさに暦通りの寒さになった。
午前中は晴れ間も見えたのに、午後からあっという間に暗くなり雪がどんどん降り出した。
今朝は積雪はなかったが、遠くに見える山は雪化粧していて、相変わらず寒い。
読書
▼「すっきり、楽しく、自由に暮らす」~Maru in Michigan~
ジョンソン祥子、新潮社、2016年3月初版
著者はアメリカ人男性と国際結婚をして渡米、在米12年。
現在は夫と息子の一茶くん、柴犬のマルとともに、アメリ・カミシガン州に暮らす。
2008年からブログ「Maru in Michigan」で写真を公開。
人気ブログとなる。著書に「ことばはいらない」「ぼくのともだち」「いつもとなりに」「えがおのゆくえ」
などがある。
マルは2007年10月8日生まれ、一茶くんは2011年2月4日生まれの男の子。
雑誌の広告でこの人の著書を見つけて興味を持ち、実際にブログを探したら面白かった。
一茶くんが何とも可愛かったからだ。私の初孫の誕生日とほぼ1か月違いで、
面影も孫に少し似ているので、可愛さが一層増したのだ。
ブログもまるで写真集のような感じで、家の中もシンプルな中にこだわりがあり、
外は自然溢れる四季がふんだんに出てくる。まるで絵本のような世界が広がっている。
元々は愛犬のために始めたブログだが、その後子供が生まれ、
その1人と1匹が本当の兄弟のように日々暮らしている姿が魅力的なのだ。
余りに綺麗な写真なのでプロかとも思いきや、カメラは全くの素人で夫に習ったという。
一茶くんはもう少しで6歳。次第に少年になっているが、幼い時の顔は本当に可愛い。
寒さ厳しいであろうミシガンでの生活だが、その生活を存分に楽しんでいる姿が心地良い。
「おいしい かわいい 料理写真の撮り方」▲
カメラマン・佐藤朗、フードコーディネーター小坂桂 共著
イカロス出版、2016年10月第1刷発行
カメラマンとフードコーディネーターが一緒になって、
料理の写真をどう撮るかについて書いたもの。
ざっと読むだけではすべて頭に入らないほど、中身は深い。
料理写真一つとっても、これだけ奥深いものだとしみじみと知った次第だ。
随所に料理が並び、読むだけでも楽しいのではあるのだが、
写真の方はプロの奥深さにはなかなかついていけないものがある。
写真撮影は、ミラーレスデジタルカメラを使用している。
カメラモード、絞り、露出補正、レンズ、ホワイトバランス、レフ板など・・・
平素何も考えずに写している自分には、それだけでも難しさを感じるのだが。
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