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レジ袋を日本で初めて開発したのは広島県大竹市の会社

2020.08.01(19:46) 6155

広島ブログ

レジ袋を日本で初めて作ったのは、広島県大竹市の会社なのだ。
国道沿いにその会社があり、そこをよく通りその会社を見ているので、身近に感じていた。

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その社長さんの言葉が、ネット記事に載っていた。

<7月1日からプラスチック製レジ袋が原則有料化された。

レジ袋の原型を日本で初めて開発したとされる中川製袋(せいたい)化工(広島県大竹市港町1丁目)は、
小売業界の発展を支えてきたと自負する。中川兼一社長に、胸の内を聞いた。

『とうとう来たかという感覚だが、全く納得していない。
小売業界の発展に、このレジ袋がどれだけ寄与してきたかと思うと、複雑な気持ちだ』

『なぜ、まずレジ袋なのか根拠を示してほしい。日本の廃プラの排出量は年900万トン。
うち400万トンが容器の包装で、レジ袋はその中の20万トンにすぎない


政府は環境対策の大目玉としてレジ袋の有料化に踏み切ったが、残りの380万トンはどうするのか。
議論はほとんど進んでいない』

――レジ袋だけ減らしても効果はわずかだと

『レジ袋がどれだけ環境に負荷を与えているか検証したうえで、環境政策を進めてほしい。
ペットボトルや使い捨ての弁当箱を規制した方が、よほど廃プラは減る。

大企業の食品や飲料メーカーではなく、私たちのような弱小企業をターゲットにした。
環境対策のスケープゴートにされた気がしてしようがない。

環境省の職員も私にこう言いました。レジ袋は身近で国民にわかりやすいんですと』>


なるほど・・。確かに、ペットボトルや容器などのゴミはかなり多い。
トレーやペットボトルは今でこそスーパーなどが回収しているが、まだそのままごみとして出している人も多い。

広島市は「リサイクルプラ」のゴミの日が週に1回ある。
我が家は、トレーやペットボトルは回収箱へ出しても、その他の容器包装などのプラスチックごみがかなりの量ある。

(生ごみはほぼ庭に埋めるので、週2回の燃えるごみはかなり少ない。)

中川製袋の社長さんが言うように、レジ袋以外のゴミがいかに多いか実感する。

それでも、レジ袋の有料化に伴い多くの人がマイバッグを持参し出したという。
レジ袋だけでなく、あらゆるゴミを減らすように、考え方を根本から変えていきたいものだ。

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2020年08月01日
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