タイトル画像

今頃になって父を思い出す

2023.10.08(17:03) 7193

広島ブログ
  
◆FC2ブログで日々拝見している方の記事を読んでいたら、お父様が亡くなっていた。

実家で同居すること1年4か月。その間の御両親の様子などが書かれていた。
実の親子とはいえ、同居は大変なことも多いことを知った。
家事はもとより、車を運転して入退院や通院などに付き添う忙しさ。

遠慮がない実の親子ならでは、あれこれ不満や衝突もあるようだが、そこは多少の笑いも込めて書いている。

何度かの入院で「もう入院はしたくない。出来るだけ長く家にいたい」
という父親が書いた紙が見つかったことから、覚悟を決めて家庭での介護になったのだ。

本人にとっては家が一番良いのだろうが、家庭で看ることは大変なことだろう。
それでも、最期を家で終えることが出来たことで、親孝行できた満足感が残ったようだ。

◆最近、私も時々亡き父のことを思い出す。来年の1月で丸2年になる。もう3回忌だ。
亡くなった直後より、時間がたった今頃の方が思い出すことが多い。

100歳の誕生日の9月までは元気で家で百寿を祝ったが、頭はボケることもなく、
自分の亡き後の遺産分割のことまで心配していたほどだ。

10月になって突然足腰が痛み出し歩行が困難になり、やせ細った体でも支えるには、弟の男の力でも難しかった。
特に夜中のトイレにはまいったほどだ。夜は弟が泊まり、昼間は私が交代で看た。1週間で音を上げた。

その後は、整形外科入院、老健入所、最後は別の総合病院で亡くなった。
時はコロナ禍真っ最中で、ベッドまで行けたのは、1年3か月間でたったの2回。
最初の入院時と、亡くなる前日だけだった。時期が悪かった。

●老健には1年近くいたのだが、意識もしっかりしていたので、
家に帰りたがって、よく電話をかけてきた。愚痴や弱音も多かった。

リハビリをすればまた元気になって家に帰れると私は考えていたが、甘かった。
年を取ってからの入院は、次第に弱るばかりで、家には帰れないことを悟った。

101歳の誕生日の直後、施設のベランダ越しに見舞って手を振ったが、父は泣いていた。
その頃、紙切れに書いた「101歳 何とか生きている。皆ありがとう」
という文字は生前の几帳面な字とは違い、震えた字になっていた。

●色々なことを思い出す。83歳から100歳まで独居生活をしたので気になり、
私も退職後は行き来が増えた。父の老いていく姿をそばでしっかりと見ることが出来た。

別居でもあり、実家とは車で往復2~3時間はかかるので、そう毎日は行けなかったが、
それでもやり切ったという満足感はあった。

3度の入院や入所以前は、月に1回程度の通院くらいで、さほど苦労もせずに「子供孝行」をしてくれたと思う。
その前の96歳と97歳時に、貧血や歯科治療で2度入院したが、その時は無事に帰宅できたのだ。
3回目の入院は100歳。さすがに老いには逆らえなかった。

私より弟の方が実家に近いので、頼ることも多く苦労をしたと思う。再就職もせず父の介護につきっきりだった弟が、
「あっという間に退職後10年近くが経つとは予想もしなかった」と漏らした。

●晩年は食事以外はすぐにベッドで横になることが増えた。大往生だと満足したが、
毎日でも歩くことを補助して足腰を鍛えれば、入院することはなかったのにと反省する。

実家に行けば家事に忙しく、父の話をゆっくりと聞くこともしなかった気がする。
今頃になって後悔の念が起こるのだ。

■<広島ブログ>に参加しています。クリックしていただけると嬉しいです。

広島ブログ

■<にほんブログ村>にも参加しています。クリックしていただけると嬉しいです。

にほんブログ村 花・園芸ブログ 野菜のみ(家庭菜園)へ


にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 広島市情報へ

スポンサーサイト





美しく歳を重ねるために


介護・実家行き トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
<<「とんかつ濱かつ」でロースかつ御膳を食べた | ホームへ | 韓国料理「タッメウンタン」が美味しかった>>
コメント
急に寒くなってきました。
ゆっくり話を聞く間がなかった。本当にそうですね。
目の前の雑用があたくさんありますからね。
最近高校同級生無くして毎日、彼女のことばかり想う日々が
続きます。今日は母と面会ですが窓ごしです。お元気で



【2023/10/09 07:17】 | bora0427 #- | [edit]
boraさん、長かった酷暑もやっと済んだ感があります。

実家に行けば、とくに女は家事などが気になりますからね。
行けばあれもこれもしたいために、ついつい急いで済ませるので
心のゆとりがなくなります。
それらを置いておいて、ゆっくり話をすればよかったと思うこの頃です。
耳が遠くなって会話がスムーズに出来なかったこともあります。

これからは、長生きをすれば身近な人を送ることになります。
父も寂しがっていました。

お母様の面会は、まだ窓越しですか。
病院は致しかたないとはいえ、辛いですね。
【2023/10/09 16:18】 | fan #- | [edit]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する